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クラピカについて私がわかる一つのこと、それは彼が私に好印象を抱いていないと言うことだ。私の生き方――よく言えば「自由奔放な生き方」悪く言えば「てきとーな生き方」は、あまり彼の好みではないらしい。私はいつも、生きていければそれでいいという考えでやってきた。お金があるうちはどこかでだらだらと生活し、文無しになれば適当に仕事をとる。そんな人生。なんの目的もないし、夢をつくる気にもならない。ましてや誇りなんてあったもんじゃなく、ぐうたらした暮らしの中では寧ろ「埃」が積もってしまうような感じ。 そんな今までの人生の一部始終を彼に話して聞かせたわけではないが、私からにじみ出る雰囲気やオーラと名の付くものが、私という人間のそういう部分を言葉よりも正確に語っていたのだろう。クラピカは私に対して、あまりいい顔をみせたことがない。 対する彼は、詳しくは知らないけれど一つのある信念の元に動いている人だ。その信念は彼にとって、自分という個を殺してでも優先すべきものみたいだ、といつかセンリツが言っていたが、全くもってその通りのように思う。私とはまるで正反対なのだ。頭がいいところも、かなりのワケアリっぽいところも。本当に不思議な人だ。 初めはそんなところに興味をそそられたのかもしれない。いつの頃からだったか、次は何をするのかなと、不謹慎にもまるで映画を見ているかのように彼の行動を見守るようになった。クラピカは冷静で滅多に動じない、頭のいい人だが、一番大胆で奇抜なことをやってのける。それがかなり面白かった。 ヨークシンでの一部始終がやっとのことで終わった時、私たちは仕事上の仲間をほとんど失っていた。残っているのは私、バショウ、センリツ、リンセン、クラピカだけ。だがライト氏もネオンお嬢様も無事だ。(何より自分自身が無事だ。あの幻影旅団が起こした暴動の中で、生き残れただけ良かったと言える。)……いや、正確には、無事とはいえないかもしれない。お嬢様は何故か占いが出来なくなり、ライト氏は精神的に病んでしまっている。しかし私にいわせれば「命あっての物種」だ。 やっと安全な場所、ノストラード氏の館に戻ったあと、センリツとクラピカは遅れて帰ってきた。その時の、二人の仲が良さそうな様子を見て「いつのまに仲良くなったんだろうこの二人」と思ったとき、私はようやく自分の中の変化に気が付いた。 クラピカのことが気になって、仕方がない。 「次は何をするんだろう」という興味はいつの間にか「今何を思ってるんだろう」やら「昔はどんなところで暮らしていたんだろう」というものに変わってしまっている。今まで他人に対してそこまで興味を持ったことのなかった私にとって、それはかなり大きな変化で、どうしたものかと当惑した。 次に、ある日彼が私を見た時の目が温かなものとはいえなかったことに少しショックを受けた。こんなことも初めてだ。今まで他人にどんな目で見られようが、へのかっぱだったのに。 日に日にやつれていくライト氏程ではないが、私の気分も日に日に落ちていった。おかしい。自分にこんなにも妙な異変が立て続けに起こるなんて、絶対におかしい。全て初体験のことだったため、どう対処すればいいのかもわからない。そんな苦悩の中でも、やはりクラピカのことが気になって仕方がない。もうどうしようもなく、まさに、にっちもさっちもいかない状態だ。 青白い顔色でピリピリとした空気を発する私を、仕事仲間は不審に思ったらしいが、初めのうちは誰も干渉してこようとはしなかった。しかしつい先程、私がうっかり大量のイソジンを飲み込んで盛大にむせたのをバッチリ目撃したらしいセンリツが、恐る恐る声をかけてきた。 「、あなたこの館に来てからとっても変だけど、大丈夫なの?」 私はイソジンの口直しに紅茶を飲んでいた。センリツは向かい側のソファに腰掛けて、私の顔色をうかがう。 「それにここのところずっと顔色が悪いわ。ちゃんと眠れてる?」 「いや、それが、全然眠れないんだ。気が付いたら色々考えていて。こんなことは初めてだよ」 「もし、あたしで良かったら、話くらいは聞けるけど」 温かい口調で、私の中の氷を溶かすように話すセンリツ。そういえば、彼女と個人的に話をするのは今回が初めてなような気がする。私は少し沈黙をはさんだ後、椅子から立ち上がり、 おどけた調子でこう言った。 「もしかしたら長くなるかもしれませんので、紅茶を淹れてまいります。ストレートでいいですか? センリツ嬢」 センリツは微笑んで頷いた。 「――こんなに他人に興味をもっちゃうなんて、うまれて初めてで。あ、言っとくけど恋してるわけじゃないよ。本当に単純な好奇心。だってあまりにも私と違うから、この人と私は一応同じ人間っていう生き物だよね? っていう疑念が浮かんでくるというか……。あ、あと、クラピカに「なにコイツ」みたいな目で見られると消えてしまいたくなるんだよね。今まで人目を気にしたことなんて全然なかったのに。それに、最近なんてクラピカを見ていると自分がとことん駄目な奴に思えてきちゃってさー。こういうところで信念もって頑張ってる人に比べて私は何? 生きてる価値あるの? みたいな……思春期のお悩み相談室に電話したくなる感じになっちゃって――」 私は一気に喋った。とくに考えずに物を言ったから、内容はめちゃくちゃだったと思う。それでもセンリツは全てを黙って聞いてくれて、私の話が終わると、ゆっくりと口を開いた。 「歳が近いのに自分と全く違う生き方をしている人ということで、刺激を受けたんじゃないかしら」 「やっぱりそうかなあ……」 「あたしにはそう思えるけど。それからさっきあなた、恋してるわけじゃないって言ってたけど、それ本当?」 からかいのこめられたセンリツの言葉に、私は浅く頷く。すると彼女は目を閉じ、耳を済ませた。私の心音を聞いているのだろう。一体どんな音なのか、少しするとセンリツはまぶたをあげ、首を傾げた。 「――ヘンな音。あなたってよくわからない人ね」 「ああ、ウン、よく言われる」 私はもごもごと答える。 「とにかく、今は考えるだけ考えたらいいわよ。あたしが思うに、今、あなたに起こってるのは重大な変化で」 センリツの言葉の途中で、談話室にクラピカが入ってきた。私は突然現れた彼に驚き、彼は私とセンリツが席を共にしていることに驚いたようだった。少しの間、場に静寂が満ちる。センリツが少し心配そうに私を見ているのを気配で感じた。 なぜだろうか。この沈黙の中で、私の脳裏には「よし、こうしよう」という考えが急浮上した。 この時、私は初めてクラピカの目を真っ直ぐに見て、名前を呼んだ。 「あのさ、クラピカ」 「……なんだ?」 「私ちょっと変えてみようと思う」 クラピカは私の言っている意味がわからなかったらしい。しかし、センリツはハッとした様子で再び私に注目した。私自身はというと、まるで霧が晴れたように爽やかな気持ちで、知らず知らずの内にニッコリしている。 「(わかった。変えてみればいいんだ。今までの自堕落な自分を変えれば、少なくとも今の八方塞がりな気持ちから脱出できる! 気がする)」 ★ それからの私は、これまでの私がみたらびっくりするんじゃないか、という位に活動的な人間になったと思う。主観的には。 私はまるで先生に質問しにいく生徒のように、クラピカに色々なことを聞いた。本はどう選ぶか、空いた時間はどう過ごすのが理想なのか、好きな数字は何か、紅茶を淹れる時はどう気持ちを込めるか、人の話を聞くときの心構え、「20歳」に抱く気持ち、やってみたい悪戯などなど。意味の分からない質問からとことん真面目な質問まで、クラピカは初めかなり不審がっていたが、どの質問をするときも心の底から真面目であった私の気持ちを汲んでか、一応真剣に答えてくれた。それは私がクラピカに抱く好奇心を満足させる。驚いたことに、これで「クラピカのことが気になって仕方がない」という悩みは解消されてしまった。 クラピカの答えを吟味し、参考にして、自分なりに色々なことを試してみた。また、彼が勧める本を読んでみたり(いくつかは難しくて途中で投げてしまった)、センリツに習って音楽をたしなんでみたり(どうやら私には才能が無いらしく、ちっとも上達しなかった)、絵を描いてみたり(自分の作品を見て消えてしまいたくなった)、バショウに俳句を教えてもらったり(バショウは「シュールだな、オレには理解出来ないぜ」というコメントをくれた)、そんな挑戦をするだけした。なお、断っておくが、これらは全て仕事外の時間にて行ったことだ。仕事は一応、真面目にこなしていた。といっても、下っ端の私の仕事は見張りくらいしかないのだけれど。 様々な挑戦の末に、私はやっとのことでハタ、と我にかえって自分を省みた。するとこんな疑問が浮かんだ。 私は何がやりたいのか? 自分を変えるために努力していたことにはしていたのだがしかし、我ながらやっていることがメチャクチャすぎて、何がしたいのかわからない。クラピカのような信念もしくは将来の夢や目的を持つという最大の目標、それも達成できないどころか手がかりすら掴めていない。 センリツは「あなたよく分からない人ね」と言ったが、私ですら自分がわからなくなってしまった。そして……また、気持ちが落ちていった。 だが(後になって気が付いたことであるが)この時すでに、私の沢山の挑戦によって、自分とその周りは少しずつ変わっていたのだ。再び落ち込んでしまった私に声をかけてくれたのはなんとあのクラピカだったのである。 「やっと一時停止したのか」 そんなことを言いながら私の向かい側に腰掛けたのは、前回のセンリツとは違いクラピカだ。私が様々な行動を起こす気になった原因ともいえる人だ。 「……一時停止?」 「最近の君は、なんというか、今までに比べてあまりにも活動的だったからな。私に妙な質問を投げかけてきたり、色々なものに手を出してみたり。まるで喜劇を見ているかのようだった」 喜劇ってちょっと酷くない? と思ったがつっこまないでおく。代わりに「それで、本題は?」と催促した。 「本題?」 「クラピカがただ馴れ合うために私に話しかけてくることは考えにくい。何か言いたいことがあって来たんでしょう?」 「……そうだな。その通りだ。意外と人を見ているんだな」 「(あんたは意外と失礼だな)」 「私の目には、時々君がまるで私を倣おうとしているように見える。もし本当にそうしようとしているのならやめておけ、と言いたかった」 「やめておけ? なんで?」 「私のような生き方は、君には向いていない」 クラピカはズバッと言い切った。単純な私はカッチーンとくる。どういう意味だ、それは。私には昔のような、あっちにゆられこっちにゆられみらいなフラフラした天任せの人生がお似合いだとでもいいたいのか。 「それ、どういう意味?」 私は唸るように言う。 「向いてないって。確かに私はずっと、壁に当たったら登る、そうじゃなきゃ流れるまま、みたいになんの目標もなく、目標を作る予定もなく、凄く曖昧に過ごしてたよ。そして残りの人生もずっとそうするつもりだった。だけど同じ年齢で全く違う生き方をしてるあんたのおかげで考え方が変わった。ガラっと。それっていけない? 向いてない? あなたみたいに信念をもって行動をするような生き方を志しちゃ駄目?」 クラピカはハッとしたようだった。だが頭に血が上りきってしまっていた私はその様子に気付くことなく、音を立てて立ち上がる。そしてそのまま部屋から出て行こうとしたが、しかし、それは実行する前にクラピカに腕を掴まれてとめられてしまった。 「待て。すまない、今のは語弊があった」 「……ゴヘー?」 ゴヘーって誰だ、と私は一瞬怒りを忘れた。が、すぐに「語弊」という熟語だと気が付く。自分の理解力のなさに我ながら呆れて、ほとぼりが冷めていくのを感じた。 「私が言いたいのは、つまり、目的のために自分を犠牲にするような真似は君には向いていないということだったんだ。だが、今の君の言葉を聞く限りだとどうやら心配は要らないらしいな」 クラピカが言っていることを理解するのには少し時間がかかった。 私は体をクラピカと向かい合うように移動させ、少し自信なさそうに、こう言った。 「この仕事に一段落がついたら、やりたいことを探す旅に出ようと思ってるんだ。何においても優先してしまうような何かを見つけてみたい。こんな風に思ったのは、クラピカのおかげだよ――ありがとう」 私は頭を下げた。すると、降ってくる声。 「ああ、きっと見つけられる。君は、なんだか、この数週間で変わったな」 顔を上げたとき、クラピカの目は、前に見たものとは異なる光を宿していた。私の目が狂っていなければ、それは温かい光。その瞬間私の心臓が大きく脈打った。え、何これ何これ。凄く嬉しい。彼が私に向けるものとしてこんな目をしたのは初めてで、それが非常に嬉しかった。気分が高揚し、体が温かくなっていく。 「もう一つ言いたいことが。あまり無理はしないようにな。任務の合間を縫って色々なことに手を出しているようだが、――ああ、それが悪いことだとは言っていない。しかし、数が多すぎて自分でも把握しきれなくなっているだろう。一つずつ消化していくことをお勧めする」 「……うん、そうする……」 私はぼけーっとクラピカを見てしまい、だが彼自身はそんなことには気付かなかったようで、席を立って部屋から出て行ってしまった。 残された私はまだドキドキとしている心臓の辺りを一回はたいて、「なんじゃこりゃ」と呟いた。前、センリツに言った「恋してるわけじゃないから」というフレーズを思い返し、そんなことないじゃん、恋してる心音じゃん、と自分に言ってみる。一体いつから? さっきから? それともずっと前から? クラピカが気になって仕方がなかったのは、彼が本当に私と同じ人間であるかどうかが気になったからではなくて、実は彼に恋をしていたからだったのか――? 「あたしが思うに」 急に聞こえてきた声に私は飛び上がった。 「この前、あたしがあなたの音を「ヘンな音」って言った時には既に恋だったと思うわ。今でも本当にヘンな音。あなたはとってもヘンなひとだから、恋する音がヘンなのも当たり前よね」 センリツは一人で納得するように頷く。 「じゃあ、じゃあ、クラピカの目が気になったのも、彼に比べて自分は、と思ってしまったのも、彼に恋をしていたから? ていうか何で私の考えてることがわかるの?」 「あら、恋愛だけが原因じゃないとは思うわよ。同い年として触発された部分もかなり多いと思うわ。後半の質問については、音を聞いたからというよりも表情を見たからというほうが正確かしら。気付いてた? 最近のあなたの表情ってとっても素直で、素敵よ」 私は呆然とし、自分の爪先を見た。どうしよう。このタイミングで恋って、ほんと、どうすればいいんだろう。自分の人生を見直しはじめた途端次々に問題が起きて、まさにてんてこまいである。毎日ってこんなにカラフルなものだったっけ? 私、今までずーっと何事もなく過ごしてきたけど、そっちの方が稀なのかな。ああ、本当に問題だらけだ、だけど不思議なことにそれが嫌だとは思わなかった。 今と昔、どっちがいい? そう聞かれたら私は即答する。「今のほうがいい!」と。 090830 |