は、自分の「人を見る目」に自信があるわけではない。むしろ一見して相手がどんな人物か大体わかる、と語る人の気持ちがわからない側の人間だ。だが
しかし今回は例外だった。その少年を初めて見たとき彼女はなにか体の中心に氷が落ちてきたかのような感覚にとらわれたのだ。生きている場所が違う。吸っている空気も違う。直感的にそんな思いが駆けた。
しかし彼女はそこで対象に恐れおののいて終わるのではなく、逆にそんな人間を見るとつい話しかけてしまうような性質の人間だ。しかも、どちらかというと反射的に。だから、
「……ねえ君」
気づいたときには声をかけた後だった。
悪い癖だ。はごくりと唾を飲む。治さなければ、この癖は。ヒソカのような人間についうっかり声をかけてしまうような事態になる前に。命がいくつあっても足りない。
内心焦る彼女の方を、飛行船の窓から地上の風景を眺めていた銀髪の少年は振り向いて、表情を変えずにこう返事をした。
「何?」
彼の目が彼女がどんな人物であるか品定めしているかのように動く。その動きにも常人でない雰囲気があった。
見た目からすると、この少年は十代前半だ。そんな歳でハンター志望者専用の飛行船に乗っているのだから、きっとなにか特別な訳や環境があるのだろう。ただ者でないのも当然といえるのかもしれない。
頭の片隅で少年について考察しつつもの口は動いていた。
「いや、到着するまでまだ時間ありそうだから、話し相手がほしくて。今暇?」
「ああ。話し相手になってやってもいいぜ。あんた名前は?」
「。君は?」
「キルア」
「何でハンターを志望してるの?」
キルアと名乗った銀髪の少年は、特にハンターに対するあこがれ等はないらしい。難関といわれている試験を退屈しのぎに受けただけなのだとか聞いた。はなんて憎たらしい子供なんだと怒りを通り越して呆れた。やはりと言うべきか、変わった少年である。キルアは自分のことを最低限にとどめてはなし終えたあと、複雑な表情をしている彼女に話をふった。
「あんたの動機は?」
「ハンターに対する憧れ。師匠がプロハンターでね、別に師匠に憧れてるって訳じゃないけど、あの人の話を聞いてたらいつのまにかなりたいと思うようになってたんだ」
「へえ、なんか意外だな」
「そう?」
ああ、と返事をしてキルアは肩をすくめた。
「あんたいい加減そうだから、オレと似たような理由なんじゃないかと思ってた」
「ちょっと失礼だな君」
実際神経質とまではいかないが、そこまでおおざっぱなわけではない。ましてやキルアのように少し常識からずれていそうな人種でもないという自信が、彼女にはある。だがキルアの目に彼女はそうは映っていなかったらしい。
他に話す相手もいなかったし、お互い特に相手が気に食わないと言うことはなかったので、二人はマイペースに会話を続けた。かといって親密になったわけでもない。二人はお互いに暇つぶしの相手であり、それ以上でも以下でもなさそうだった。もしここで別れて数週間後に再会したとしても互いに顔も覚えていないかもしれない。
とにかくてきとうな話をしながら時間をつぶし、しばらく経ったときに異変が起きた。急に飛行船が傾き、落下を始めたのだ。
は目の前の手すりをつかんで体勢を保った。キルアはズボンのポケットに手を入れたまま周りの様子をうかがった。
「なにこれどういう状況!? 積乱雲!? 偏西風!?」
「いや、いわゆる予備試験ってやつだろ」
さも当たり前のように答えるキルアに感心して、は頷いた。
額にうっすらとかいている汗を手の甲でぬぐう。まったく、あまりに突然の事態だったからつい取り乱してしまった。そんな彼女と対照的に冷静さを欠かない少年に、なんとなく恥ずかしくなってしまう。それを取り繕うように、は無理に平静な口調を作る。
「そっか、そうだね。じゃあコックピットに行くべきだ」
「そうだろうな」
飛行船は、ゆっくりではあるがまだ落下を続けている。
キルアとはコックピットに向かった。その間に何人もの志望者が自ら外に飛び出していくのを目撃した。飛行船はちょうど海の上を飛んでいたのだ。それも、今はこれが予備試験という知識があるには周到な準備に思えた。
やっとのことで壁づたいに進んでいくに比べてキルアは傾いた床をすたすた歩いていく。やっぱりこの子ただ者じゃない、とは思った。念は使えないようだが。
「キルアって何者?」
考えるよりも先に言葉が出てしまっていた。
「普通じゃないよね。忍者とか?」
「忍者? 違うね」
「じゃあ何?」
キルアは不意に歩を止め、感情のうかがえない表情でを振り返った。そして意図のつかめない笑みを浮かべる。
「殺し屋。……って言ったらどうする?」
彼の言葉を受けた彼女は
ぎょっとして目を丸くし、キルアを見る。少年と殺し屋を重ねると、意外にもうまくイメージが一致してさらに驚いた。は少し考え、意味もなく浅いうなずきを繰り返しながら、言った。
「うん……納得した」
「は? 信じたのかよ、今の」
「え、嘘なの?」
「いや、まあ……嘘じゃないけどさ。あんた少しは人を疑うってこと覚えた方がいいぜ」
心底呆れたような物言いのキルアに、は「本当だったんだから別にいいじゃん」と内心反発する。そんな彼女の胸中を知らずか、というか知る気もないのだろう、キルアは目的地の方へ体の向きを直して再び歩き始めた。進む速さが前よりも少し遅い。今までは別にと連れだって行くつもりは無いに等しかったのが、そんな彼の心境が変わったという変化のあらわれなのだが、彼女はそれに気づくことができなかった。
コックピットにつくと、そこには数人の受験者が集まっていた。彼らが囲うようにしている操縦席には誰も座っていない。は彼らに状況を確認した。
「パイロットがいないの?」
「ああ。オレたちがここについたときには既にもぬけの殻だったぜ」
「ふーん……じゃ、オレたちの内の誰かが操縦するしかないな」
簡単に言ってくれる。キルアの発言には苦笑した。
「悪いけど私は、パイロットの経験はおろかそれ系の勉強もしたことないよ」
そしてそれは、とっくに集まっていたにも関わらず空の操縦席を囲うことしかしていなかった受験者たちも同じであるに違いない。キルアについても同じだろうと思っていた彼女は彼の次の言葉に目を見開いた。
「仕方ねーなー。じゃあオレがやるよ」
仕方ないと言いつつも楽しそうである。
は眉を寄せて言った。
「操縦したことあるの?」
「ゲームでね」
「あのね、キルア。ゲームと現実は違うんだよ」
「わかってるって。でもこのまま何もしないでこの飛行船落としたら、オレたち全員不合格だぜ?」
「そりゃあそうだけど」
はちらっとコックピットの片隅をみた。そこには目立たないように監視カメラがついている。試験関係者がそれを通して自分たちを視ていることは明白だった。
「それとも他に操縦できそうな奴いんの?」
キルアはその場にいる数人の受験者を見たが、彼らは全員視線を逸らした。「決定だな」という一言のあとでキルアは操縦席に座り、なにやらいじり始める。ここはキルアに任せるしかなさそうだ。ならば自分は何をするべきか、と彼女は考える。そしてすぐ、彼女にできることを判断した。
「じゃあ私は、試験関係者を捜してくる」
今自分たちをふるいにかけている試験関係者、それはおそらくパイロット本人だろう。だとしたら、恐らくだが、飛行船内のどこかに潜んでいるはずだ。そいつをつれてくれば万事解決。それまではキルアになんとかしてもらうほかない。
は自分の行動を予告するだけして、返事を待たずにコックピットを出た。
「(……"円")」
手っとり早く探すにはこれが一番だ。念における応用技、円。それはにとって比較的得意なほうだった。
船内にはもうほとんど志望者は残っていない。大多数が下の海に避難したのだ。まだ踏ん切りが着かずに残っている数人と、コックピットまで来たはいいが惑うことしかできない数人。そして操縦席のキルアに、自分……それらから少し離れたところに一人、誰かが孤立しているのがわかった。
恐らくこいつが目的の人物だ。
は床を蹴り、走った。そこでさっきまで傾いていた床が安定した角度を保っていることに気がついた。彼女の表情に緩い笑みが浮かぶ。
「(やるな、キルア)」
ゲームもそこまであなどってはいけないのかもしれない。最近の技術は凄いし。そんなことを考えつつ一直線にパイロットとおぼしき存在の元に向かった。
「(……ここだ)」
そこは多数ある個人部屋の中の一室だった。ばん、と音を立てて扉を開く。
「ああ、案外早く見つかったな」
中にいたのはサングラスをかけた中年の男性だった。おかげで目は見えないが、鋭い視線がを貫くので、彼が彼女を見据えていることは嫌でもわかった。
「円を使ったのか?」
「あ、はい」
やはりこの人は念を知っているのか。は素直に返事をした。続けて尋ねた。
「あなたはこの飛行船のパイロットですか?」
「いかにも」
「じゃあついてきてくれますか。また操縦していただきたいんですけど」
「いいだろう」
あまりにも簡単に承諾されたのが意外で、は固まってしまった。ここで一悶着はあるだろうと思っていて、どうしようか色々と考えていたのに。そんな彼女の様子を見てパイロットは笑った。
「ここで争っても飛行船が壊れてしまうだけだろうが」
「そりゃ、そうですけど……」
今日はやけに変わった人たちと会う。そういう日なのだろうか。星占いを見ておけばよかった、と彼女は思った。
「ところでお前の名は?」
「です」
「なんでハンターになりたいんだ?」
「それは」
は数時間前にキルアに説明したのと同じことを言った。パイロットはそれに対してとくに質問も追究もせずに「そうか」と相づちを打っただけだった。またまた拍子抜けしてしまう。そんな彼女にかまうことなくパイロットは部屋から出た。はあわててその背を追った。
飛行船は意外にも安定した航空を続けている。
パイロットについていくようにしてコックピットに入ったとき、操縦席に座っているのはやはりキルアだった。彼はパイロットに気がつくと勝ち気な調子で言った。
「以外と簡単だね、これ」
「む、中々いい才能をしているな、ガキ。だがしょせんは素人だ。このままなら墜落するほかない」
「そうかな? オレ着陸もできる気がするんだけど」
「飛び続けるころよりも地に着くことの方が遙かに難しい。お前さんに任せたらオレたちみんな死んじまうだろうな。ってことでそこをどけ」
「ちぇっ」
キルアは不満そうにしながらも操縦席を退いた。そしての隣にたった。
「案外早かったな」
「キルアが床の角度を安定させてくれたおかげだよ。ありがとう」
「……ふーん」
彼女の礼に対してキルアは興味なさそうな返事をする。は特に気にとめなかった。これまでのやりとりの中で、彼に少し慣れてきた証拠だ。
「そうだ、ガキ。お前の動機は?」
「難関って言われてるから、どれほどのもんかと思って」
「ほー、つくづく生意気なガキだな」
「ガキガキいうなよオッサン」
少しムッとしたように言うキルアに、パイロットは豪快に笑った。そしてその後、コックピットの端で三人の様子を見ていた志望者たちの方に、思い出したように声をかけた。
「お前らは不合格だ。この飛行船からおりろ」
志望者たちは一瞬呆然とし、意味を理解してから怒りを露わにした。
「どういうことだ!?」
「ふざけんじゃねーよオッサン、オレたちはまだ会場についてもいねぇんだぞ!」
「だからだよ」
パイロットは彼らの方を見向きもせずに言い放つ。
「お前等じゃ試験受けでも最悪死ぬのがオチだ。今年はあきらめて、もっと鍛えてから再挑戦しな」
不合格の宣言をされた受験者たちはまるで聞く耳を持たない。それどころか数人の中で一番屈強な男が武器を手に持ち、パイロットの背後に襲いかかろうとした。
しかしできなかった。彼の武器がパイロットに届く前に、が受験者の腕をつかみ、ひねりあげたからだ。
「やめときな」
頭の後ろで腕を組んでいるキルアが言った。
「あんたたちじゃ敵いっこないよ。パイロットのオッサンにも、そこの、えーっと……女にもさ」
あ、名前忘れてるんだ。とがっかりするんだか愉快なんだか、微妙な気持ちになる。彼女は痛みにうめいていた男の腕を放し、壁まで突き飛ばす。
「てめえ……!」
突き飛ばされた男は腕を押さえながら、ぎらぎらと剣呑な光を宿らせた目でを見る。彼に触発されてか、他の不合格者たちもそれぞれの武器を手に持ち、に襲いかかる姿勢を見せた。
「だからやめとけって」
うんざりしたようにいうキルア。
「無駄だよ」
彼は低く言ったを疑問符を浮かべて見る。はにやっと笑って続けた。
「こういう輩には、不思議と言葉が通じない。だから体でわからせてやらないと」
拳を作り、は戦闘体勢を整えた。それを合図にしたかのように不合格者たちは一斉に彼女に飛びかかる。彼らの初撃を軽快に避けたはそのあと直ぐに身を屈め、素早く彼らの間をすり抜けて後ろに回る。男たちの目には突如が消えたように映った。ぎょっとした彼らが背後を振り返ったちょうどそのとき、の打撃が男たち一人一人を襲う。は正確に、そして見かけによらない力を込めて一人一人の人体の弱点を拳で突き崩した。そうして、彼女はあっと言う間に不合格者たちを地に伏せた。
「だから言ったのにさ」
キルアが呟く。その声には不合格者への哀れみのかけらもない、冷たいものだった。
「終わったか?」
「ええ。ところで私たちは合格ってことですか?」
「まあな。お前等なら大丈夫だろう。まだ船内に残ってる数人は後でオレが対処しておく」
キルアとの位置からは見えないが、パイロットはニヤリと口角をあげた。
「結構いいセンいってるじゃねぇか、お前等二人。こりゃもしかしたら、いけるかもな」
「あはは、がんばります」
「当然だろ」
チグハグな二人の答えに、パイロットはまた笑い声をあげた。
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