「な、……なんで」
「すみませんね。助けにきたのが"正義の味方"じゃなくて」

紫義はの質問に答えない。 その代わりのつもりなのだろうか。彼はきれいに微笑んだ。 その言葉を聞いて、彼女は昔自分が言ったことを思い出していた。 ――絶体絶命になった時、助けにきてくれるなら正義の味方がいいな。 確かに、そんなことを言った覚えがある。

ぱくぱくと魚のように口を動かすの間抜けな様子を、紫義はしばらく楽しむように見ていた。 だが敵を見据えるとき、既にその表情は険しいものとなっていた。

「少し落ち着きましたか?」
「う、……うん」
「では、僕から離れないようにしてください」

背後のに向かってそう言って多節鞭を構える。
この人って、こんなに頼もしかったっけ?
はぼんやりとそう思いながら、こくりと頷いた。

決着はあっと言う間についてしまった。 もちろん紫義の勝利という形で。

には、彼に言いたいこと――主に聞きたいことが沢山あった。 多くありすぎて、喉元でつっかえてしまうほどだ。 瞬時に言葉を出せなかったために一度呼吸を整える。 そしてはとりあえず、今この場で一番言うべきことを声に出した。

「あの、紫義……ありがとう」
「いえ」

でも、なぜ助けにきてくれたのだろう。 はそのことを尋ねたくて仕方なかった。 だがしかし果たして紫義はその疑問に彼の言葉で答えてくれるのだろうか? 彼の心で答えてくれるのだろうか? そう思うと、にはなんだか、闇の中にうごめく何かを視認したくともできないような、暗鬱と 焦燥の気持ちがうまれてくるのだった。

うつむくを、紫義はどんな気持ちで眺めていたのだろう。 やがて彼女がもう何も話さないということを確認すると、くるりと彼女に背を向けた。 そして少しだけ振り返る。

「行きますよ」

その声にハッとしたはポカンと口を開けて紫義を見る。 その本意がわからず、紫の瞳をじっと見返す。 まるで物わかりの悪い子供のような反応。 紫義は、二度同じことを言うつもりはないらしい。 顔を正面に向けて、すたすたと歩き始めてしまった。

「ま、待って下さい」

慌ててが後に続く。
そのまま紫義に追いついて彼の斜め後ろにぴたりとついた。
そんな彼女を確認してから、紫義は歩く速度をわずかに落とした。





(201003)