ふと目を開けると、すぐそこに紫義の顔があった。驚くべきは、その表情が今までに見たことのないようなものだったことだ。わたしは紫義の顔をよく見るためにもっと視界をはっきりさせようと、何度かまぶたを閉じたり開いたりする。その間に紫義はいつもの表情に戻っていたが、確かにわたしは見た。

「紫義、今……」
「黙りなさい」

びっくりするほど冷たい温度の声だった。でも、さっきの表情については気のせいじゃないと思いたい。彼はわたしを、なんだかとても、そう、心配しているかのような顔をしていたのだ。そしてそのあと安堵したような表情を浮かべた。私が、幻覚を見ていたのでなければ。

でも、なにに安心したのだろう?
そもそもわたしは何で寝ていたんだ?
不思議に思って、とにかく体を起こそうと力を入れると、全身にさけるような痛みが走った。

「づっ!」

わずかに浮いた頭が、再び元の位置に戻っていく。

「な、何……?」
「全身打撲、ついでにあちこち骨折しているそうです」
「え、なんで?」
「覚えていないのですか」

意識を失う前のことを思い返そうとしてみるが、どうにもはっきりとしない。わたしは一体どこでどうして何をしていたんだっけ。こんな大けがを負っているくらいだから、相当危険な目にあったのだろうけど、そのときの衝撃のせいか記憶があいまいになっているようだ。

「ぜんぜん、思い出せない」

困ったように言うと、紫義がため息をついた。ため息をつきたいのはこちらの方だというのに。

「何があったの?」
「思い出さなくていいです」
「え、いや、それはわたしが決めることであって」
「では言い方を変えましょう。僕が嫌なので思い出さないでください。命令です」

にこりと、そよ風のような笑み浮かべる紫義。
なんだかつっこむ気もどこかへ吹き飛んでしまって、視線を天井へやった。

「――僕はそろそろ行きます。あなたはしばらくここで休んでいなさい」
「え、待ってよ、わたしも行く」
「怪我人に何ができるというのです。流石のあなたでも一瞬で回復することなんて無理でしょうに」
「そりゃ、そうだけど……」

半身を起こして、あまりの痛みに顔をしかめる。痛いだけではなく、それによって吐き気までもよおしてしまう。のどがからからにかわいて、知らないうちにうめき声が出ていた。するとまた近くでため息が聞こえ、ぐっと誰かに肩を押された。誰かって、今ここにいるのはわたしと紫義だけなのだから、紫義しかいないのだが。
紫義はわたしを押さえつけるようにして寝かせると、言い放った。

「足手まといです。休みなさい」

囁くように、だが強く言われて力が抜ける。
苦し紛れにつぶやいた。

「何で人間って、もっと早く自己治癒できないのかな。大体怪我するとどうして痛いわけ?」
「君のような者をおとなしくさせておくためではないですか」

簡潔な返答につい「ああー」と頷いてしまった。そのことに気づいて、あとで少し悔しい気持ちになった。だから紫義が部屋から出ていく直前に、少し大きな声を上げてみた。

「……でも、怪我ってのもなかなか悪くないかもね!」

のれんをくぐりながら、紫義が少しだけこちらを振り返る気配がする。それを認めた後に続けた。

「紫義にああいう顔させられるなら、たまには怪我するのもいいな!」

――少々の静寂の後聞こえたのは、紫義のきれいな、しかし感情のうかがえない声だ。

「あんまり馬鹿なことを言っているともっと大怪我を負わせますよ」

あ、辛辣。
ちょっと悲しかったので、照れ隠しだと思うことにした。





(201004)