信じられないことに、私は胸ぐらを掴まれてぐいっと引っ張り立たされた。つい声がもれてしまう。敵に貫かれた箇所を中心に痛みの波が怒濤の勢いで押し寄せてくる。段々感覚が麻痺してきていても、私の体からは血液がぼたぼたと落ちていることは予想できた。が、紫義隊長はお構いなしである。彼は敵とさし違えて死にかけている私を慈しむでも讃えるでもなく、きつい目つきで睨んでいた。

おいおい、どうしてこんな扱いを受けなきゃいけないの? 殉職だよ、殉職。ついでに一応犬死にではなくて、できる限りの多くの敵を倒したんだ。このご時世には一応名誉なことでしょ。確かに、死んだらおしまいだけど。

ぱくぱくと動く口からは声がどうしても出てくれない。その内諦めて口を閉ざした私に、紫義隊長はしぼりだすように言った。

「なんですか。僕の役に立つまでは死なないとか、僕が許すと言うまで絶対死なないとか、今まで偉そうなことをさんざん言っていたでしょう。それなのに、これで終わりなのですか」

ああ、そんなことを言った日もあった。遠い昔に思える。あのときは本気でそう思っていたのだ。嘘はついていませんよ、嘘は。しかし隊長に私のそんな思いは届かない。言葉って、声って、大切なんだな。薄れる意識の中でそんなことを感じた。

「僕は死んでいいなんて言った覚えはありませんよ。それにあなたは僕の役にも立っていない」

普通そこは嘘ついてでも安らかに死なせてあげるでしょう。どうしてわざわざ成仏できなくなりそうなことを言うの?

そこで不意に気がついた。紫義の声がどこか弱々しいことに。これは、もしかして、悲しんでくれているのか? いや、まさか。あの隊長が、そんなわけがない。そうだ。彼は「冷血漢紫義」とか「冷徹隊長紫義」とかいう名の似合う男なのだ。部下の立場からみてもたまに怖くなる。でも、そのひたむきさというか、一途なところというか、冷たくも強くきれいな隊長が、私たちは大好きだった。尊敬していた。

ああいけない。無意識のうちに過去形になっている。

紫義隊長は口をつぐんだ。
そしてさらに強い眼光で私を射抜く。
対する私はきっと死んだ魚のような目になっているのだろう。どんどん力が抜けていくのを感じた。ああ、これはもう、駄目だ。紫義隊長にもそれがわかったのか、彼は再び口を開こうとした。が、何かに惑って閉じる。そのあと、彼は苦しそうに呟いた。

「僕の信頼に応えないつもりですか」

しんらい?
しんらいって、新来? 神来? いや、信頼?

信頼?

ぽーっとした私の頭に、その言葉がまるで矢のように突き刺さった。そしてその刺さった箇所から一気に霧が晴れていく。信頼。……信じ、頼る。私は紫義隊長に信じられていたのか? 頼られていたのか?



隊長は私の名を呼ぶ。

なにがなんだか、自分でもわからない。意地か。もしくは誇りか。はたまた驚喜か。とにかく紫義の言葉が私にものすごい、それこそ奇跡のような活力を与えていた。

「き、……聞き、まし、た、よ」

隊長は面食らったような顔をしている。こんな顔ははじめてみた。それだけで私は何かが満ち足りていくのを感じた。

「い、今っ……信じて、たって。頼ってたって。ほ、ほんと、ですか――たいちょう」
「……ええ」
「はあっ……じゃ、死ぬ……わけには。いかな……」

気を落ち着けるように深呼吸する。
生きたい。

最期の最期で自分の望んでいたものが手には入っていたとわかるなんて、こんなことより悔しいことはないじゃないか。どうして、折角気づいたというのに死ななくてはいけないんだ。私は現在の自分の状況に反感のようなものをもっていた。

「し、信頼、には……こたえないと」

笑顔、うまく作れたかはわからない。
無理をし過ぎたせいだろう。私の意識は、そこで途切れた。

意識が沈む前に見えたのは、紫義の、いつもとは少し違う微笑みだった。





(201004)