不器用だからと諦めず、細心の注意をもって物事に挑戦する。
それが出来れば、なんとか常人並の結果を出す事が出来る。らしい。
わたしは一歩はなれたところからその出来栄えをまじまじと眺めて、頷いた。
「オッケー、たぶん、きちんとそろってる……はず」
「ありがとう。ちょうどいい長さだ」
「じぶんの髪を切るときより緊張したよー」
あははと笑ってみせると、それに呼応するかのようにクラピカも表情を和らげた。
具現化系の修行は、精神的にも体力的にも辛いものがある。少なくとも、わたしには絶対に出来ないと思う。
見事それをやりとげて見せた彼、クラピカは流石に少しやつれて見えた。
しばらく鎖関係以外のことをしていなかった彼の髪の毛は当たりまえのごとく伸びていて、それがとてもうっとおしそうだったから、わたしが切ってあげたのだ。
正直器用さに自信はなかったけれど、ここ最近で一番の集中をしたかいがあり、なんとか散髪は成功したようだ。
「あーよかった。間違えておかっぱにしちゃったらどうしようって不安だったんだよね、実は」
「おかっぱか。よりによっておかっぱなのか」
「でもクラピカならおかっぱも似合うと思う。ぷっ」
「なんだその笑いは……」
「だって、想像してみたら、意外と」
「想像するな!」
こうやって軽口を叩き合えるのもひさしぶりだ。
クラピカが鎖のイメージ修行をしている間、わたしはほとんど一人だった。
考えようによってはあの状態はクラピカがやってくる前、つまりあの師匠の一人弟子だったときに戻っただけではある。
けれど、クラピカが近くにいることに慣れてしまっていたわたしにはやはり少しものさびしい数週間だった。
「久々に練の修行でもしないか?」
「おお、わたしも今同じこと言おうとしてた」
さわさわと、葉のこすれあう音がする。
地べたに座り、神経を集中して「練」を行うと、その音がより間近に、はっきりと聞こえる気がした。
自然と伏せていたまぶたを何となく開けてみる。
すると目の前で同じように練をしているクラピカがいた。
その瞳は、閉じられている。
クラピカは、わたしよりも後に修行を始めたくせして上達がはやすぎる。
彼のオーラは初めのうちこそ不安定だったけれど、今ではもうそんな揺らぎの気配さえ感じさせない。力強く、しっかりと安定しているオーラだ。
わたしが彼のようにできるようになるまでどれだけかかったことか。
気落ちしてきてしまう。
ふう、と息をはくと、それとまったく同じような動きでオーラが揺れた。
集中しないと。平常心、平常心。慌ててじぶんをなだめる。
ふと、クラピカの口元にうすく笑みが浮かんでいるのが見えた。
なんとなく悔しかった。
***
「クラピカはさ」
基礎修行を一通り終えたところで、切り出した。
わたし達はまだ地面に腰を下ろしているままだ。
「あともう少しで出て行くんでしょ?」
「ああ、そうだな。具現化にも成功したことだし、そろそろ9月も近づいてきているし……」
「そっかー」
ぱっと現れたかと思えば、あっという間に追いついてきて、追い越して。
クラピカは本当に凄いやつだ。
次元が違いすぎてむかつきもしない。
「は、まだしばらくここにいるのか?」
「うん。わたしは色々と、まだまだだし。――そっか、もうお別れか」
この約半年間は長いようで短かった。
初めて彼と顔をあわせたとき、「なんだか物凄く真面目そうだし仲良くなれそうにないなー」なんて思ったことも、もう懐かしい過去の思い出だ。
半年という期間はたしかに短く感じられた。
けれど二人しかいなく、しかも年が近い弟子どうしの間にそれなりの絆がうまれるには十分な時間だ。
最初こそ苦手意識をもっていたのが、今ではもうそんなものは名残さえもまったく残ってない。
赤裸々に言ってしまうとわたしはクラピカが大好きだった。
彼がいなくなり、また弟子一人になってしまうのだと思うと、寂しい。かなり寂しい。
「……」
物思いにふけっていると、急に名前を呼ばれて驚いた。
「な、なに?」
「私は、クルタ族なんだ」
真面目な顔をしてそう告げるクラピカに、きょとんとする。
クラピカの事情については、師匠からかいつまんで聞いていたのだ。
「クラピカ、それ」
「聞いてくれないか。君には、私の口から話したい」
「う、うん……?」
いきなり、どうしたんだろう。
クラピカの静かなる圧力に負けて、わたしは疑問符を飛ばしながらも了解した。
彼はせつせつと語った。
クルタ族のことと、幻影旅団のこと。
自身の生きる道のこと。
本人の言葉を聞くのと、人伝てに聞く話はまるで違う。
なんというか、息苦しい。
重い、わたしにはとうてい背負いきれないようなものを背負って、彼は人生を歩んでいる。
そのことがひしひしと伝わってきて、息を詰めた。
「……」
彼の話が終わって沈黙が訪れても、わたしはなにも言えなかった。
言うべき言葉がみつからなかったからだ。
……ただ。
ただ、どうしてクラピカがわたしと違う次元にいるのかが、わかった気がした。
「ここを出た後は、ヨークシンシティへ向かうつもりだ」
「――そっか」
そこで何があるかは知らない。
が、話の流れからいって恐らく蜘蛛関係であることはたやすく予想できた。
「はどうするんだ?」
「わたしは、修行が終わったあとは旅を始めようと思ってる」
「そうか。ということは、もしかしたらもう二度と会うこともないのかもしれないな」
「そう、だね。確かに」
「それは寂しいと思わないか?」
「え?」
クラピカはわたしに向けて何かを差し出した。
それを受け取る。
何かが書かれた、メモ用紙だ。
「これって」
「私のホームコードと、携帯の番号だ」
わたしは信じられない気持ちのまま彼を見上げた。
彼は優しい笑みを浮かべていた。
「いいの? 連絡しても」
「当たり前だ」
クラピカの言葉を聞き終える前に、体育座りの形を取って膝に顔を伏せた。
涙がこぼれてしまいそうだったからだ。
泣き顔なんて無様なもの、絶対に見せたくない。
クラピカは「どうした」、と心配そうな声を上げる。
「なんでもない」
「なんでもなくないだろう」
衣擦れの音と、草を踏む音が聞こえた。
クラピカの気配をぐっと近くに感じる。
「泣いているのか?」
「いや、笑ってる」
「なっ、このタイミングで笑っているのか!?」
嘘だ。本当は泣いていた。
しかしクラピカのリアクションに本当に笑いがこみ上げてくる。
もう自分でも、泣いているのか笑っているのか分からなくなってきた。
肩を震わせていると、クラピカの手がそこに触れたのを感じた。
「やはり泣いているんだな」
「……ごめん、困らせるつもりはないんだけど、つい」
「いいや」
彼は短く応えてから、続けた。
「私は、こういう場合どうすれば良いのかよく分からないのだが……何かして欲しいことはあるか?」
いや、そんなのいいよ。
すぐにそう言うつもりだったが、思いとどまる。
あるじゃないか。どうしてもして欲しいことが、一つ。
「じゃあ、一つだけいい?」
「ああ」
「いつかまた会おう」
しばしの沈黙の後、ふ、と笑う声が聞こえた。
「……ああ。絶対に。約束だ」
「ありがとう」
遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。
なんとなく別れを想像させるような悲しい鳴き声だ。
だが、彼はまた会うと約束してくれた。
絶対にとも言ってくれた。
言葉で言い表せない位に、嬉しかった。
「ごめん、先戻っといて。クラピカをここに留めておくのも悪いから」
「私は構わない」
「わたしが構うよ。ほんと、申し訳ないから戻っといて」
「……いや。一緒にいさせてくれ」
いや、普通こう言われたら引き下がるだろ。
わたしは唸りたくなるのをこらえつつ、逆説の言葉を口にする。
「でも」
「私がいたいんだ」
彼がわたしの言葉を最後まで聞かずに言うのとほぼ同時、その気配がすぐ隣に移動するのを感じた。
「――頑固者」
「お互い様だろう」
心地いいなぁ。
もう涙は止まっていた。しかし顔は上げられない。
もう少しだけ、こうしていたかった。
せめてすぐそこに迫っている別れがここまで辿り着くまでは。