敗北がもたらしたもの
はあ、はあ、と。
自分の荒い息遣いがやけに大きく聞こえる。
目の前には、傷と泥がついたゴンと、突きつけられたその拳。
ああ、負けたんだ。
そう思って私は体の力を抜いた。
不思議と悔しさは感じなかった。――いつかは、この時が来ると思っていたのだ。
ただそれが思ったよりも早かったというだけの話。
「……あー、疲れた」
私の声を合図に、ゴンも構えをといて地べたに座り込んだ。
その表情は晴れやかで、いつもならば私の負けず嫌い精神に直接触れただろうけれど、
今の私の目は素直に爽やかなものとして映った。
夕陽が沈みかけている。
オレンジ色の光が、長い長い影法師を作る。
それは達成感に満ちていた私を、なんだか切ないような、感傷的な気分にさせた。
そんなノスタルジックな気持ちを紛らわすように、口を開いた。
「まったく、ずるいよ。いつの間にこんなに強くなっていたの?」
「へへ、驚いた?」
「驚いた。まさかもう私よりも強くなってるとは」
そう言って喉で笑う。
「うん、オレ、頑張ったから」
「そっか」
肌寒くなってきたな、と思って私は右の二の腕を擦った。
そろそろ帰るべきなのだろうけど、まだ帰りたくない。
今しばらくは、この充実感の中にいたい。
黒い鳥が群れをなして西の空を飛んでいくのが見える。
なんとなく目で追っていると、ゴンが前触れなく口火を切った。
「あのさ」
わたしは彼を振り返る。
ゴンはどこか照れくさそうにこちらを見ていた。
「オレ、ずっと前から言いたかったし、実際にそうしたかったことがあるんだ。聞いてくれる?」
「いいよ。なに?」
皆目見当もつかない。
続きを促すと、ゴンは一度浅く深呼吸をした。
そしてぽつりと。
「オレ、君を守るよ」
そう言った。
「前から言いたかった。それに、言葉の通り、守りたかった。
でも今までオレは君よりも弱かったから、したくても出来なかったし、言えなかった」
そこで一度ゴンは言葉を切る。
私の全神経は彼の声に、そして言葉に集中されている。
そのせいか、ほんの少しの間の沈黙すら苦痛だった。
それでも先を催促することは出来ない。私はじっと待った。
「でも、もういいよね」
彼の目には、いつも以上に強い光が灯っている。
私は耐え切れずに目を逸らして、代わりに地に生える薄緑色の草を見た。
「オレは君より強くなったから、君を守ってもいいよね?」
「……」
嫌だなぁ……。
内心で、私は溜息をつく。
嫌だ――何が嫌って、別にゴンが嫌なわけじゃない。
いらだちを感じるのは、自身に対してだ。
私は守られるのは嫌だった。そうされるよりは寧ろ守る方がずっといい。
特に理由があったわけじゃなく、それが私の生まれつきの性質だったのだ。
守られるのは嫌だ。私は常に、誰かを守る側の人間でいたい。
それなのに、そのはずなのに、今の私はこう思っていた。
ゴンに守られるのは、いいかもしれない。
「ねえ、……いいよね?」
もう一度静かに尋ねられたその数秒後、私は誘惑に負けて、僅かに首を縦に振っていた。
「――いいよ」
ゴンは嬉しそうに目を細めて、穏やかな表情で笑んだ。
END
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