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子を想うような愛情を、恋情と勘違いしているのが分からないのか。 自身の中でぼそりと呟く。 "自己暗示、効き目なし" 「ゴン」 「なに?」 「楽しい?」 「うん! も一緒にしようよ、釣り」 「私は遠慮しとく。全然かからないもん」 「前回は運が悪かっただけだって」 「うーん……でも遠慮しとく。釣竿も持ってきてないし」 ゴンは少し拗ねたような顔をして、釣竿の浮きに視線を戻した。大木の枝に乗って釣り糸を垂らす背中を下から見上げて、「また大きくなったな」と内心で思う。身長は勿論、手も大きくなったし、体つきもしっかりしてきた。今、かけっこやら腕相撲で勝負したら負けてしまうかもしれない。時間の流れとは本当に不思議で、無情なものだ。溜息をつきたくなってしまう。 泥まみれになって一緒に遊んだ昔の日の影が遠い。 「あのさ!」 気がつくと、ゴンはまた私の方を振り返っていた。 「オレの釣竿、かしたげる。一緒にやろうよ」 「……諦めるって言葉、知ってる?」 「知ってるけど諦めたくない」 「やれやれ」 こうなったらこっちが意地を張っても仕方がない。苦笑を漏らしながらゴンがいる大木の根元まで寄ると、彼は枝の上から私に向けて手を伸ばした。 その手をとると予想以上の力にひっぱられる。 数秒後には、私も彼の乗っている太い枝に座り込んでいた。 「力持ちになったねー」 「へへへ」 ゴンは照れくさそうに笑う。それを見ると、切ないんだか嬉しいんだか、複雑な気分になる。 次にゴンは私に釣竿を手渡しながら言った。 「は諦めが良すぎるんだよ。もっと辛抱強く待たなきゃ、かかるものもかからないって」 「そうなのかなー」 しばらく黙って、池に浮かぶ浮き具を観察する。しかしそれは一向に沈む気配を見せなかった。同じ釣竿を使っていると言うのに、この違いはなんなのだろう。 途中で諦めて口を開きかけたが、ゴンになだめられて、渋々言葉を飲み込んだ。 「――あ」 数十分後。ついに当たりがきたようだ。ぐぐぐ、と竿を引っ張られる力に対抗できるように立ち上がって足を踏ん張った。 思ったよりも引きが強い。隣でゴンが応援してくれてるのが耳に入ってくる。 魚VS私の攻防は意外と早く終わった。魚は一旦力を緩めてフェイントをかけ、次に思い切り外側へと引っ張ったのだ。その勢いにまんまと乗せられて、私は足を滑らせ、木から落ちた。 私は今回、なんとも運がいい。落ちた先は池だったから怪我は全くしなかった。 水面から顔を上げてイヌのように身震いをしたあと、木の上でゴンが笑い声を上げているのが聞こえてくる。 「ちょっと、助けてくれてもいいでしょ!」 「ごめんごめん、まさか落ちるとは思ってなかったから!」 尚もゴンは笑い続ける。 まだ池の中にいる私がむくれているとゴンは木の上から降りてきて、陸からもう一度謝った。 「ごめんね」 仕方がない、許してやるか。 そう思って「別にいいよ」と言おうとしたが、口から出てきたのは盛大なくしゃみだった。 ゴンはまた笑いをこらえた顔になる。 睨みを利かせると、彼は慌てて表情を取り繕った。 まったく、すぐ表情に出るんだから。 「えっと、そのままじゃ風邪引いちゃうよ。オレの上着使って」 「……ありがとう」 今のは少しばかりときめいた。 一瞬で高鳴った胸を静めるかのようにニ、三度咳払いをしてみる。 「その前に池から上がらなきゃ」 「そうだね」 濡れた服が重い。 地面に上がって服の裾を絞るが、そんなのは気休めにしかならなかった。 「はい、上着」 「でも濡れちゃうよ?」 「いいよ。よく汚してるし」 「ミトさんに怒られるんじゃない?」 「が風邪ひくよりマシ!」 嬉しいことを言ってくれるなあ。そう感じると同時に池に思いっきり落下した自分が今更恥ずかしくなってくる。ゴンからありがたく上着を受け取り、腕を通そうとして、はっとした。 「ち、小さい」 「う……じゃあ羽織るだけ! それでも大分違うから」 「う、うん、ごめん、ありがとうね!」 そのやりとりが終わると代わりに静寂が訪れて、池で魚のはねる音がよく聞こえた。 お前、お前のせいで私は池に落ちたんだぞ。と怨念を込めてそちらを見つめてみるが、既に魚の影は見えない。 溜息を一つついて、ゴンに話を振った。 「そういえばさ、ゴンはハンター試験を受けるんだよね」 「うん」 「ミトさんの許可もらった?」 「まだ話してない、かな」 「そっか」 ミトさん、初めは反対しそうだもんな。でもきっと最後には分かってくれると思う。ゴンの気持ちの丈が伝われば、絶対に彼女はわかってくれる。 「受かることもそうだけど、友達が出来るといいね」 「そうだね! オレにはっていう友達もいるけど」 「あはは、ありがと。でもやっぱり物足りないでしょ?」 私の言葉に、ゴンは首をかしげてこちらを見た。 「私はもう昔みたいに遊ぶことをしないし。ゴンだって一緒に騒げる同い年の男友達が欲しいって思うでしょ?」 それに実は、もう私はゴンを「友達」としてだけ見ることは出来なかったから。 ――でも、これはきっと勘違いだ。 昔から弟分として大切に思う気持ちが発展しすぎて、恋だのなんだのと変な捉え方をするようになってしまったんだ、多分。大体、歳だって離れてるし、ゴンは恐らく私を純粋に姉貴分とだけ思っているだろう。たとえこれが本当の恋だとしても、叶うことはないと思う。 だから私はいつも、ゴンをみて浮かれた気持ちになるたびに、自身の中で呟いていた。 そうすることで、なんとか己を律しようとしてきた。 『子を想うような愛情を、恋情と勘違いしているのが分からないのか。』 「私も同年代の女友達が欲しいしねー」 「そうなんだ」 「それはそうでしょ?」 「うん、それはそうだ。でもさ、はオレのこと好きだよね?」 一瞬だけ頭が真っ白になった。 こういうとき、人間はどんな反応をすればよいのだろう。 ……とりあえずむせた。 そして直ぐ後に気づく。 彼の言う「好き」は、ラブじゃなくてライクだということに。 「大丈夫?」 「ん、ちょっとむせただけ。えっと、う、うん、大好きだよ」 「ほんと? オレも大好きだよ!」 ゴンは満足げな顔で、「一件落着した」とでも言うかのように頷いた。彼の中でなにかが上手くはまったのだろう。私にはよくわからないが。 私は未だに早鐘を打つ心臓の辺りを押さえて、心なしか深い息を一つ、ついた。この子の言動は心臓に悪い。しかし彼の言動にいちいち心を動かしている所を見ると、私はもう手遅れみたいだ。いくら勘違いだと自身の中で叫んでも、心は耳を貸してくれないらしい……うん、救えない。 「そろそろ行こうか。あ、久しぶりに手をつないで帰ろうよ」 「はい!?」 「がまた足を滑らせたら困るから」 「失礼な! 滑らせないよ!」 「はははっ」 差し出された手をとる。 まだ私よりは小さい手、だけど昔よりは大きくなった手。 変な期待を持たせないで欲しい、と心の中で呟く。 ゴンがこれだから自分の気持ちは一向に衰えないのだ。 そんなふうに、終いには人のせいにしてしまった。 彼がハンター試験を受けるために島から出て行ってしまったら、この煮え切らない気持ちから抜け出せるだろうか? それとももっと、今まで以上に、想いが募るのだろうか? この感情が勘違いだったなら、恐らく前者。だけど。 実際は後者な気がして、怖い。 (お題BY紫龍堂さま) お気に召した方はポチッと伝えてあげて下さい→拍手 |