13.四次試験終了

ようやく七日間を乗り切ったとき、は今までにないほどに疲れていた。
しかし身体的な疲れではさほどではなく――どちらかというと神経衰弱の一歩手前だった。
もともと精神面が軟弱な彼女が後半四日間ずっと妙な意地を張りとおしていたのだから当たり前だ。

六点分のプレートを集めた受験者たちは、試験終了のアナウンスにしたがってスタート地点に集まっていた。
四次試験を通過したのは、ゴン、キルア、レオリオ、クラピカ、ギタラクル、ヒソカ、ハンゾー、191番、53番。あわせて十人。
そのことを確認し終えた後、地面にしゃがみこんで大きく息をついたに、ゴンが駆け寄ってきた。

! よかった、も四次試験合格できたんだね」
「ゴン……うん、なんとか」
「……大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れただけ」

は「大丈夫」と言う代わりに笑んでみせたが、それを見てもゴンは何も言わなかった。
彼女は居心地の悪い気持ちを払うかのように話題を変えた。

「ところでさ、ゴンの標的って誰だったの?」
「えっと……ヒソカだったよ」
「え」

返ってきた答えに固まってしまう
ゴンの頭から爪先までを一通り目で追ったあと、掠れる声で言う。

「じゃあゴンが全身傷だらけなのって」
「あ、これは違うよ」
「なんだ、よかった……でもここにいるってことは、ヒソカから……?」

曖昧な語尾にしたのは、それ以外の可能性も考えての事だ。
だがゴンは、小さく頷いた。

「うん。とった」

そう言うゴンの表情はなにかを含んでいた。はなんとなく、何も言えないな、と思って黙っている。
二人で口をつぐんでいると、そこにキルアがやってきた。

「久しぶり、二人とも」

そしてその場の少し思い雰囲気に気付くと、僅かに眉を動かす。
ゴンもも「久しぶり」、「お疲れ」などと至って普通な言葉を返してきたが、その端にはどこか力がない。

「(二人ともターゲットがターゲットだったからな)」

それ関係で何かあったんだろう、と思うことにして、続けた。

「なんだよ、元気ねえなー。に至ってはしゃがんでるし。そんなにキツかったか?」
「うーん、ちょっとね……」

あはは、と力ない笑い方をするにキルアは内心(相当疲れてるな、こりゃ)と呟いた。

 

 

その内受験者たちを次の会場に運ぶべくしてやってきた飛行船。
乗り込んだあとはしばらく自由時間となった。そこで五人は食事をとることにした。

「まともな食事は七日ぶりだな」

クラピカが感慨深そうに呟く。長方形型のテーブルの上には沢山の皿が並んでいる。
その中には二次試験の課題として出された、スシもあった。赤身の乗ったスシを箸でとり、口に含む。
咀嚼して飲み込んだあと、は呟いた。

「これが本当のスシかあ……おいしいね」
「確かに我々素人が出せる味ではないかもしれないな。……レオリオ、そっちの皿から春巻きをとってくれ」
「いいぜ、ほらよ」
「ありがとう」

平穏な時間だ。流れる空気はなんとも平和なもので、居心地もいい。料理も美味しい。
お腹と同時に心まで満たされていくような気さえする。口の中に入っていたものを飲み下したあと、ゴンが口を開く。

「試験ってあとどの位あるんだろうね?」
「トンパは平均して五つか六つだって言ってたぜ」
「じゃあ次かその次で最後ってことかー。あ、、お茶とってくれない?」
「はい」
「ありがと!」

ゴンは一気にお茶を飲み干したあと、音を立てて椅子から立ち上がった。
そして、

「ご馳走様でした」

手を合わせて言ったあと、食堂から出て行く。
続いてクラピカも手を合わせて「ご馳走様」と言うと、ゴンを追うようにしてここから出て行った。三人は顔をあわせる。

「なんだ?」
「さあ……」
「……」

とレオリオは首を傾げたが、キルアだけはわかっているかのように何も言わなかった。
それからしばらくして、はフォークを置き、

「わたしもそろそろ行こうかな。ご馳走様でした」

そう言って席を立った。その姿に、レオリオが声をかける。

「行くってどこにだよ?」
「……休めるところ、かな」

後ろ手をふって、は食堂から出て行った。

 

 

「――で、キルア。どうして追いかけてきたの?」
「ん? 話聞きたかったから」

そこは、いつか二人が一緒に夜景を眺めた場所。
ただあの時とは違って、二人は廊下にあるベンチに座っていた。

「結局、クラピカのプレートはとらなかったんだな」
「うん、やっぱりどう考えても無理だった」
「そーだろうな、お前は。で、代わりに他の人間を三人狩ったんだよな?」
「実際に手に掛けたのは一人だけだよ。その人が二枚プレートを持っていて、その内の一枚をハンゾーの二枚と交換したの」
「ふーん。ラッキーだったな、それ」

ここでキルアは両手を上に伸ばして欠伸をした。
その反動で目に滲んだ涙を拭う。

「そういえばあの三兄弟がキルアらしき人のこと話しながら歩いていくのを見たけど、あの人たちのプレートをとったの?」
「あー、あいつらか。あん中の一人がオレの標的だった」
「へえ……じゃあやっぱりあれ、キルアだったんだ。手が変形するって本当?」
「ああ、これのこと?」

キルアは何でもないように言って、右手を掲げてみせる。まるで、めき、という音が聞こえてきそうだった。
キルアの手は一瞬にしていびつな形へと変形した。
は息を飲む。

は出来ないのかよ?」
「うん……暗殺も請け負うけどそれが専門ってわけじゃないしね」

それより、とは人差し指でキルアの右手を差す。

「さ、触ってみていい?」
「止めたほうがいいと思うぜ。ナイフより切れるから、オレの手」
「へえー、そっか」

凄いな。暗殺一家のエリートというのも頷ける。
は一人で納得し、そのあと礼を言った。

「ありがとう、キルア。もういいよ」
「ん」

ほんの少し時間をかけて、キルアの手は元に戻る。
本当に自由自在なんだ、と思い、はまた感心した。

「そういやオレもちょっと聞きたいこと、あるんだけど」
「え、なに?」
「あんた、たまに纏ってる空気が変になることがあるだろ? あれって何?」
「(……念のことか)」

彼女は曖昧に笑んだ。

「それはまだ言えない」
「――まだ?」
「うん。いずれわかるよ」

喋りすぎたかもしれない。キルアほど鋭い人間にどこまで言っていいのか、そのさじ加減はなんとも掴みがたい。
これ以上喋ってはいけないということは確かだ。なんとか納得してもらうしかない。
彼が次になんと言うか不安だったが、キルアは思いのほか物分りがいい。

「そか」

それ以上は何も聞いてこなかった。はほっと安堵の息をはく。
そんなとき、頭上から声が聞こえてきた。――放送だ。

≪えー、これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は、2階の第一応接室までお越し下さい。受験番号44番の方、……44番の方お越し下さい≫

「……面談?」
「みたいだなー」
「まずいな……わたし、苦手なんだよね。こういうの」

すでに青い顔をして、ドキドキと高鳴り始めた胸を押さえる
相変わらずのその様子にキルアは肩をすくめた。

「やっぱあんた気ぃ小さいな、そんなんで暗殺なんて出来ねーだろ」
「そうなんだよねー、出来ないんだよねー」

事実だ。
半ば自暴自棄な調子で同意すると、キルアはベンチの背もたれに預けていた上半身を勢いよく起こし、の正面を見た。

「……マジ? 人殺したことねーの?」
「マジマジ。暗殺の手引きはしたことあるけど」
「えー、嘘だろ」

半信半疑のキルアが言う。
疑う目でを見て、本当のことだと悟ったらしい。

は何だかんだいって人殺しの経験、有ると思ってた」
「ごめん、でもこれからきっと沢山することになると思う」

もう自分もいい年になってきた。我侭を言って、人殺しの依頼があっても果たさないなんてことはこれから先、通用しなくなる。
もしかしたら母親は一種の区切りを示すためにも、このハンター試験を受けさせたのかもしれない。
これまでは我侭を許した。しかしこの試験を受けてからは許さないぞ、という。
――それはいくらなんでも考えすぎだろうか。
どのみちそろそろ覚悟は決めなければならない。それは絶対である。

「別に、お前がしたくないならしなくていいんじゃねえ?」
「へ?」

だがキルアの言葉は今までが悶々と考えてきた事柄、そして、しようしようと思うだけで出来ない覚悟を思い切り無視したものだった。

の代から、「報酬さえもらえればなんでもする、ただし人殺し以外」の何でも屋にするとかさ」
「そ、そんなこと」
「親が許してくれないってか?」
「そりゃ、許さないよ」
「聞いたことあるのか?」
「そ……そんなの、聞かなくてもわかる」
「本当に?」

ついには何も言えなくなってしまった。膝の上で握った拳の中で、嫌な汗が伝うのを感じた。
なんだろう、この感じは。

「(そうだ。わたしはいつも思うだけで、何一つ言えない、言えてないって、わかってる。でも)」

ずっと目を逸らしていた現実が、こんなタイミングで目の前につきつけられるとは。
狼狽する自身を押さえ込むようには唇を噛んだ。彼女の姿は、キルアの目にどう映ったのだろうか。

静寂があたりを包む。
それを破ったのは、放送の声。

≪99番の方、応接室までお越し下さい≫

「お、やっとオレの番か」

キルアは跳ねるようしてベンチから降り立ち、を振り返った。
そしていつもの調子で声をかけた。

「じゃ 行こうぜ」
「え?」
「オレたち99と100で1番違いじゃん。どうせオレの次にはが呼ばれるだろ?」
「あ、そっか」

彼女も慌てて立ち上がって、マイペースに応接室まで向かうキルアに連れ添った。
応接室は、彼女らがいた場所から案外近い場所にある。
すぐにそこまで辿り着くと、キルアは全く緊張の気を感じさせない動作で悠々と中に入って言った。

それから待つこと数分。
部屋から出てきたキルアに、は尋ねる。

「なに聞かれた?」
「秘密!」
「えー、また? 三次試験についても、結局なにも教えてくれなかったよね」

キルアは笑い、頭の後ろで腕を組む。

「行けばわかるって。どうせ次だろー?」
「そりゃそうだけど、心の準備って奴がさ」

≪100番の方、応接室までお越し下さい≫

「ほら」
「うん……じゃ、行ってくるね」
「おー」

キルアは組んでいた腕を下ろし、ひらひらと軽く左手を振る。背を向けて、この場をあとにした。
それを見届けたあとには一度深く深呼吸をする。ドアノブに手をかけて、一気に引いた。

中は畳だった。ネテロ会長が座っているその後ろには、大きく「心」の一文字が書かれた紙が額縁に入って飾られている。
ネテロは緊張した面持ちで部屋に入ってきたを一目見、彼と机を挟んだところにある座布団を指した。

「座りなされ」
「し、失礼します」

裏返りそうな声を何とか押さえ、恐る恐る靴を脱いで、そこに腰を下ろした。
ネテロ会長は長く伸びだ顎鬚を撫でながら口を開いた。

「まず、何故この試験を受けたのか理由を聞かせてもらえるかの?」
「しっ強いて言うなら精神面を鍛えるためでしょうか……」
「なるほど。……もっと気を楽にしてええぞ」
「ははははい」

駄目だ。は口元が引き攣るのを感じた。
どもろうと思ってどもっているわけではないんだ、しかし勝手に言葉が震えてしまう。

「では次の質問に移らせてもらう。自分以外の9人で注目している者は?」
「ヒソカとギタラクル。ええと、44番と301番……です。確か」
「では、9人の中で今一番戦いたくないのは?」
「正直誰とも戦いたくないです。でも、やっぱり強いて言うなら、99番と403番、404番、405番の人たちとは戦いたくないです。
一番は選べません」

は心の底から、本音を言う。
ネテロはふむ、となにか考えた後一言、

「ご苦労じゃった。下がってよい」
「あ、はい……」

彼女は短い面談に拍子抜けしたが、その言葉にとにかく立ち上がった。しかし彼女にはどうしても一つだけ聞きたい事があった。
数秒の間立ったままそわそわとしていたが、やがて意を決したように尋ねかける。

「あ、あの、一ついいですか?」
「なんじゃ?」
「四次試験の間わたしをつけていた人には、なんの役目があったんですか?」

手に持った紙を見ながらなにかを考えていたネテロは、すっと顔を上げてを見た。
そのことにドキッとしてニ、三歩後ろに下がる。ネテロは気にせずに言う。

「それは次の試験でわかることじゃ。今は言えんな」
「あっそうですか、わかりました」

今度こそは靴を履き、扉を開いて外にでた。しばらくそこに立ち止まって、考える。
質問を素直に受け取って次の試験を予測して良いならば、恐らく。第五次試験は受験者同士の試合になるんじゃないだろうか。

「(い、いやだな……)」

この予想が外れてくれればいいのに。
そんなことを願っていると、呼び出しをされてやってきた191番が近づいてくる気配がしたので、早足でそこをあとにした。