手を繋ぐ

 それはある午後の日。ホテルの一室で、キルアと二人で地べたに胡坐をかきながらぼうっとテレビを見ていたときの話だ。

「ねえキルア、手を繋いでもいい?」

 何の脈絡もなく私がそう言うと、彼は「またかよ」みたいな顔をしてあきれた目で私を見る。その通り、私は以前からよくキルアに手を繋ごうと誘っていた。何度も何度も、気が向いたときに。彼本人に何故だと問われれば、なんとなく。そうすれば落ち着くから。そんな曖昧な答えしか言わなかった。いや、言えなかった。

 ――キルアはきっと、いや絶対に不審に思っているだろう。まったくもってはた迷惑な話だ。私だったら迷わず無視してる。それでもキルアはなんだかんだいって毎回私の望みをかなえてくれるのだ。

「もしかして、どっかに出かける予定でもあるの?」
「いや、ないけど」
「じゃあいいじゃん、繋ごう」
「……仕方ねえなー、あんたって、ほんっとうに、餓鬼!」

 オレよりもヨユーで餓鬼んちょだな。なんて言いながらぱっと無造作に出された手。私は躊躇なくそれを掴んだ。キルアの手は、ひんやりとしていてとても気持ちがいい。指を絡めると、その心地よさが深くまで伝わってくる。わたしは満足をしてにっこりと笑ってみせる。するとキルアはぷいっと首を動かして視線を私から逸らし、テレビに転じる。すると私の位置からはちょうどキルアの首筋がよく見えるようになる。

「(あ、やっぱり)」

 そこはほんのりと赤みをおびていた。色が白くて、とても綺麗な首だ。(吸血鬼がいたら思わずかみつきたくなってしまうだろう、なんて変態ぽい想像はやめておこう。)次に私はキルアの耳が少し赤くなっているのを発見する。彼はいつも、私が手を繋ぐといつも、こうなる。……実は、それが楽しくて何回も手を繋ぎたがるんだということは、キルアには、絶対にいえない。

 

- - - - -

「キルア、照れてる?」
「照れてねーよ」

 そういいながらもキルアは絶対にこっちを見ようとはしない。笑い出したくなるのをこらえて、私は言う。

「じゃあこっち向いてよ」
「そうする意味は?」
「私が喜ぶ」
「オレにメリットねーじゃん」

 メリットなんて言葉を使う十代前半は嫌だ。私がぶーたれると、キルアはそれを軽くあしらった。本当に年齢が逆転している気がする。私は彼よりも、少なくとも五つは年上なのに。幼い行動をしているのは自分なのだから、身から出たさびではあるのだけれど、わかってはいてもなんだか悔しい。あ、こういうところが子供っぽいのか。

「……」
「なんだよ」

 私がしばらく黙っていると、それを気味悪く思ったらしいキルアが投げつけるように問いかけてきた。それに対して私は、

「次はハグかな、と思って」

 と言うと、キルアは一瞬言葉に詰まったあと「却下!」と跳ね返す。残念だ。しかしキルアはかわいい、本当にかわいい。ゴンも勿論かわいいが、性質が違う。キルアは、なんというか……いじりがいがあるというか。普段が抜け目ないから、もっとそう感じるのだと思う。

 こういうのんびりとした日常のなかで彼がたまに見せる素直な反応は、こちらが思わず満面の笑みになってしまう位にかわいいのだ。

 ゴンは多分何も言わずにハグをしても許してくれると思う。それは逆にこういうウブな反応が期待できないということだ。反応を見てからかうならキルア、単にかわいがるならゴン。よく考えてみると私は両手に花だ。だがまずい。このままだとショタコンになってしまう気がする。というかもうなってしまっている気もする。

 あれ、ちょっと待て? それは本当にまずくないか?

 私はすっと手をほどき、立ち上がった。

「……な、なんだよ? 嫌だからな、ハグは」
「いや、そうじゃなくて」

 私はノーマルな趣味をしているはずだ。今も昔も。でも最近、じゃれついているのはゴンとキルアだけな気がする……。

「ちょっと逆ナンパしてくる」
「はあ!?」
「自分の趣味を確かめるために」
「趣味ってなんだよ!」

 その質問に答えずに玄関の方を向いた私の形相はあまりにも真剣なものだったのだろう、キルアはしばらく黙っていた。しかし私がどすどすと足音を鳴らしながら玄関まで辿り着き、靴を履いてドアノブに手をかけたあたりで、キルアは私を追いかけてきた。

「無理だって」
「はい!? 私はまだショタコンじゃないから大丈夫だって!」
「誰もそんなこと言ってねーよ! そうじゃなくて、あんた自分の精神年齢自覚してるのかって話」
「は? 精神年齢?」

 私が首を傾げると、彼はズバっとこう言った。

「オレより下だぜ? 10歳位。だから逆ナンなんて成功しやしないって」

 その瞬間に彼の言葉に対する反論がざっと15コ程、頭に浮かんだが、ぐっとこらえてその全てを飲み込んだ。落ち着け。ここで大人気なく起こったりしたらキルアの言うとおりになってしまう。済んでのところで噴火を食い止めた私は、低い声を搾り出す。

「キルア、君は大人の本気を知らないな。この世を生きる大人の女は皆、女優なんだよ!」

 ドアノブをまわして扉を引こうとした瞬間、物凄い音がした。それと同時に大きな力に引っ張られて、内側に開きかけた扉は元の位置に戻る。キルアが手をついて押したのだ、ということに気付くには数秒を要した。まだまだ修行不足だな、自分。いや、そんなことはおいといて。

「きっ、ききキルアくん? 扉壊れたらどうすんの?」
「行くなよ。……いいじゃん、今日はのんびりしてればさ。 手なら」

 キルアは扉についていた右手で、私がドアノブを握っていた右手を取る。そしていつも私がするように、指を絡めた。立場逆転。ただただ驚く事しかできずに、私は目を白黒させる。

「つないでやるからさ、いつでも」

 そのままリビングに引き戻された。テレビの中では相変わらず変な格好をした芸人さんが一人芝居を繰り広げている。先程まで座っていた位置まで誘導すると、キルアは手を握ったまま「座れよ」と促した。私がそれに従うと、同じようにキルアも元に座っていた位置に腰を下ろす。そしてまたそっぽを向いた。

 ……僅かに上気した、首が見える。しばらくの沈黙の後、キルアは相変わらずテレビの方を見ながら、言った。

「あんたさっき言ったよな、大人の本気を知らないなって」

「あんたも、子供の本気を知らないだろ」

 その通りだ。とりあえず、なんとなく、負けたなーと思って、私は苦い笑いを漏らした。

 ――つながれた手が熱い。

 

END

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