休日の昼。
好んでいつも通っているカフェの隅っこの席に座りながら、私はコーヒーをすすっていた。この席からは、窓越しに道行く人々が良く見える。そのなかにポツポツと存在する幸せそうなカップルを見るたびに、今現在私の心が荒んでいることを嫌でも認識させられた。
あの男がいないから、だと思う。もう数週間前に終わってしまったような恋を、今日まで引きずってしまっているのは。
今までいつも、私が失恋をした時はいつの間にかあの男が隣にいて、私の愚痴や弱音を聞いてくれていた。それによって私は元気を取り戻すのだ。そうして次の方向を向いていける。――それなのに、今回は「奴」がいなかった。
「奴」はハンター試験を受けるとか何とかで二ヶ月ほど前にどこかへ行ってしまったきりだ。その試験とやらは何ヶ月もかかるものなのか? それとも、試験の最中で死んでしまったのだろうか? 出かけていって以来連絡もなく、生きているかどうかすら分からない。
まったく、どうしようもない奴だ。
カフェに来た時は数週間前に別れた男のことを考えていたはずなのに、いつのまにか「奴」のことで頭がいっぱいになってしまっていることに気がつく。私は心の中で軽く舌打ちをして、ぐいっとコーヒーの入ったカップをあおった。
「あっつ! ……あつい!」
しかし、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」とはよく言ったもので、飲み下してしまえば後はどうってことはなかった。ただ、舌が少しヒリヒリする。火傷をしてしまったかもしれない。
自分の愚かな行為を悔やんで、その反面で「奴」を恨んだ。勿論八つ当たりである。
とその時、後ろから長いこと待ち焦がれていた声が聞こえてきて、私の心臓が大きくはねた。
「舌、火傷したんじゃねえか? 診てやろうか」
「……別にいーよ」
ああ、この声だ。懐かしい。最後に聞いたのはたった数ヶ月前なのに、もっと長く聞いていなかったように思える。少し泣きそうになるのをぐっとこらえ、精一杯尖った声を出した。眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな表情を作る。
声の主である「奴」はくつくつと笑って、私の向かい側の席に座った。
「よ、久しぶりだな」
「ほんとにね」
「怒ってんのかよ? あ、わかった、寂しかったんだな。ついにお前もオレに惚れ」
「てねーよ」
邪険に接するが、「いつものこと」とばかりに「奴」は全く気にしない。その証拠に余裕綽々な様子でウェイターを呼んでコーヒーを頼んだ。
その後私に向き直り、違う角度から再び話題をふってきた。
「聞いたぜ、あいつにフられたそうだな」
「……」
「だからあいつはやめとけって言ったんだ。浮気者だし、責任感の欠片もねェ。いいのは上っ面だけときたもんだ」
「うん……確かにそうだった」
「だろ? ま、どんまいだ。また新しい恋を見つけるこった」
あくまで明るい調子でそう言う。私はふうっと溜息をついて、ニヤリと笑って見せた。
「そうだね、ありがと。やっぱレオリオに慰めてもらうと気持ちが切り替わるよ」
「そうか?」
「そう。レオリオの言葉は素直に受け入れられるんだよね、なんとなく」
私の言葉の直後に、ウェイターがコーヒーを運んできた。そしてレオリオの正面にそれを置く。レオリオがウェイターに礼を言い終わった頃を見計らい、私もコーヒーのお代わりを頼んだ。
「しっかし、えらく長かったけど……試験はどうだったの?」
「どうって、合格したに決まってるだろ?」
「お、よかったねー。おめでとう。これで夢にまた一歩近づいた訳だ」
「おうよ」
レオリオは満足げに頷いた。
「……ちょっと雰囲気変わった? レオリオ」
「そうか? 変わってねェと思うが」
「いや、なんとなく前より頼もしくなった気が」
「オレが頼もしいのは元からだ」
得意げに言うレオリオに生返事を返すと、すかさず何か言いたいことがあるのかとつっこんできた。私はそれに対しても曖昧に返事をした。
まったく、その自信はどこからわいてくるのか……。
呆れつつもついつい笑ってしまった。
そんな私を見て、レオリオは言う。
「そういうお前は全っ然変わってないな。久しぶりに帰郷してみれば、まーたフられてるし」
「またってなんだ、またって。レオリオだってしょっちゅう女の人にそっぽ向かれてるくせに!」
「そ、そんなことねえよ?」
「目が泳いでるよ。ほんと、お互い異性運が皆無だよね〜」
レオリオは「一緒にされるなんて屈辱だ」と言わんばかりにしていたが、否定は出来ないらしい。
「まー、レオリオがフられたら私が慰めてあげるよ。いつも通り」
「……いや、それよりか」
「ん?」
「オレたちが付き合ってみるっていうのも一つの手じゃねェか?」
時間が止まった。私とレオリオの間に奇妙な沈黙が落ちる。ちょうどその時にウェイターがコーヒーのお代わりを持ってきてくれ、不自然な雰囲気を察したのか、少し首を傾げてから私達のテーブルから離れた。
「それ、本気?」
探るようにレオリオの目を見つめる。そこにからかいの色はなくて、代わりにやけに真剣そうな光を宿していた。
「ああ、本気だぜ。案外上手くいきそうだろ?」
「うーん、でもあんた、私のこと好きなの?」
「はっきり聞くな、お前」
「いいから答えて」
レオリオは一つ息をついて、思いの他小さな声で言った。
「好きだ。勿論」
まさか。正直本気だとは思っていなかったから、私は仰天してしまった。なるべく平静でいようとしたが、意に反して顔に血が上ってくるのを感じる。
「い、いつから?」
「大分前からだな」
「じゃ、じゃあなんて私が失恋して落ち込んでるときに何もしなかったの? 普通そこ狙い目だよね?」
「いや、それは反則だ。オレは正面から正々堂々といきたくて、だからずっとタイミングを見計らってたが、お前、オレに告白させる隙も与えずに新しい恋してフられるだろ。タイミングが見つからなかった」
「なんじゃそりゃ」
間の抜けた話に私は思わず笑ってしまった。
レオリオは説明を続ける。
「それで、いいタイミングを待つことは諦めたんだ。今度のハンター試験に合格して、帰ったら告白しようと思ってた」
「その時私が誰かと付き合ってても?」
「ああ。まあ、多分フられてるだろうと思ってたけどな」
「失礼な奴だな! あんたは!」
レオリオは「本当にフられたって話を聞いたときはつい笑っちまった」と言って面白そうに笑った。私はますます激昂したが、急に怒る気力が失せて、溜息をついた。レオリオの予測どおりになっている私も私だ。
一通り笑い終えた後、彼は真面目な顔をする。
「で、答えは?」
私は姿勢をただし、彼と目を合わせた。
「最初に言っとくけど、私、わがままでめんどくさい女だから」
「痛いほどわかってるよ」
ちょっとした静寂のあと、私達は軽く笑いあった。
――なるほど、確かに上手く行きそうだ。
END