世話焼き

 

この部屋に灯りは存在しなかった。それと同様に音もない。
唯一聞こえる自らの呼吸音さえ、もう消えかけている。
最後に水と食料を口にしてから、もう何日が過ぎただろう。
床に投げ出した手足は自分のもののはずなのに、まるで義手や義足のようだった。
目を開けることもかなわない。
それだけ、私の体にはエネルギーがないのだ。
 

もう限界だ。死ぬ。


まさにそう思った瞬間、この部屋に音が響いた。
それと共に光も中へと進入してくる、そんな気配がする。

「……あ、いたいた」

かすかな安堵を含んだ声。
とても聴き覚えがあるものだ。
私はせき止められた思考回路をなんとか通行可能にさせようと努力していた。
この声は、誰の声だったっけ。

「まだ生きてる? よね。やれやれ」

まぶたを押し開けられ、目の周りの筋肉ぐっと筋肉が緊張するのもまるで他人事のようだ。ここでようやく、不法侵入者の容貌を確認する事が出来た。

長く伸びた、つやのある黒髪。
あらゆるところに針が刺さった変な服。――思い出した。

その人物の何よりの特徴だと思っている、瞳。
何も映さないくせに透き通っているその双眸に、わたしは内心溜息をついた。
この目を見るとき、いつも私は思うのだ。

ああ、また命拾いをした。

と。

 

***

 

「毎回のことだけど、問わずにはいられないよ」

彼の名は、イルミ。
パドキア共和国随一の暗殺一家、ゾルディック家の長男坊だ。
そして私の仕事、情報屋の唯一のお得意様でもある。

「なんなの、君。死にたがりだったっけ」
「ううん。ただの面倒臭がり。食べることすら面倒で」
「限度があるだろ」
「イルミに限度とか言われなくない。限度がないくらいに変わり者のくせに」

食べ物や水を口に含んで、お風呂に入って。
椅子に座ることだってかなり久しぶりだ。
濡れた髪を適当にタオルで押さえつつ、彼の入れてくれた珈琲をすする。
暫くの間はやる気なく左手を動かして髪に残留している水滴をふき取っていたが、やがて面倒になって止めた。

「……まだ濡れてるよ」

テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろしているイルミがいう。

「めんどい」
「そのうち息をするのも面倒になりそうだね」
「いや、とっくにそうなってる」
「異常だよ」
「イルミに異常なんていわれたくない」

何を思ったのか、イルミは音を立てて椅子から立ち上がった。
怒ったのかな。そんなに気の短い奴だったっけ?
私が静かに彼の動向を見守っていると、彼はすたすたと私の後ろにまわった。
そして私の肩にだらしなくぶら下がっていたバスタオルを取った。

「風邪ひくよ」
「イルミって、存外世話好きだよね」
「それ、ヒソカにも言われた」
「ふうん」

ヒソカって、誰? そう聞こうと思ったが、やめた。
聞いたところで、何にもならないのだから。

イルミは丁寧に私の髪の水分をふき取りながら、続けた。

「でも二人とも勘違いをしている」
「勘違い? 何が?」
「俺はね、デフォで世話焼きなわけじゃないんだ。気に入ったか、あるいは一目置いた人間の面倒しか見たくない」

ということはヒソカという人間も私も、イルミにとって何らかの一線を越えた存在ということか。どんなリアクションをとればいいのかわからなかった。

彼は私の後ろに立っているため、その表情をうかがい知ることは出来ない。
例え見えたとしても、きっとその顔には表情らしい表情はないだろう。
きっと彼は何か反応を待っているというわけではない。

「……ありがとうね、毎度のことながら」
「どういたしまして。これが終わったら、仕事の依頼をしてもいい?」
「おっけー、遠慮なくどうぞ。……いや」

喉もとまで何かがせりあがってくる感覚に、私は前かがみになった。

「どうしたの?」
「久々にものを食べたら気持ち悪くなった」
「君は本当に仕方ない奴だな」 イルミは呆れたようにいう。
 

「でもその分、世話の焼き甲斐が有るんだよね」

 

 

END