全ての目線が、イルミとから、入り口にたたずむゴンへと転じられた。
しかしゴンはそれらの視線を気にもかけずどことなく強い歩調でイルミを目指して進んでいく。
その最中でレオリオが彼の名を呼んだが、それにも一切の反応を見せなかった。
彼の目は静かに燃えていた。そうして、イルミをまっすぐに見据えていた。
は喋りかけて口を半開きにした状態のままで、まるで、圧倒されてそれしか出来ることがないかのように、
ゴンがこちらに近づいてきているのを目で追っていた。
ゴンはやがて席に座って前を向いているイルミの隣まで来ると、やはり静かな、しかし何かをこらえているような口調で言葉を発した。
「キルアに謝れ」
「……謝る? 何を?」
「そんなことも分からないの?」
「うん」
「お前に兄貴の資格ないよ」
は驚いて息を潜めた。
あのゴンが、こんなにきついことを言うなんて。
彼は相当怒っているんだ、と、は今頃になってようやく実感していた。
ほとんどの人間が、固唾を呑んで二人のやりとりを見つめている。
イルミは少し間を持たせたあとに少しだけ首を傾げた。
「兄弟に資格がいるのかな?」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、ゴンはイルミの腕を掴んだ。
そして力いっぱいに引き上げる。
イルミの体は椅子から浮き上がり、ゴンが立っている通路に引き寄せられた。
普通の人間ならそこでしりもちをついてしまうだろうが、が、イルミは違う。彼はくるりと体を捻らせて見事に着地した。
「友達になるのだって、資格なんていらない」
一語一語、力を入れて、ゴンは言い放つ。
イルミの手首を掴む腕に青筋が浮かんでいることから、そこにかなりの力がこもっているであろうことが見て取れた。
ゴンの予想以上の怒りの大きさに、は震えた。
いつの間にか彼女の怒りはゴンのそれに飲み込まれてしまっていた。
「キルアのところに行くんだ。もう謝らなくてもいいよ、案内してくれればそれでいい」
「そしてどうする?」
「決まってんじゃん。キルアを連れ戻す」
やはり、ゴンは誰かから全てを聞いているようだった。
恐らくその誰かとは、皆がゴンとイルミに注目している隙にそっと部屋に入ってきたサトツ。
ゴンは彼から五次試験の一部始終を聞いた後、すぐここに来たのだろう。
「まるでキルが誘拐でもされたかのような口ぶりだな。アイツは自分の足でここを出て行ったんだよ」
「でも自分の意思じゃない。お前たちに操られてるんだから誘拐されたも同然だ」
そこでネテロ会長がちょうど今そのことについて議論していたことを説明した。
それに次いでクラピカがもう一度全てをまとめた意見を述べ、
次にレオリオが「あの状況で不合格になるのはオレのほうだ」ということを主張した。
それに対し、先程はなかった答えをネテロが返す。結局、今から合格不合格を変えるつもりないと言うことだ。
その間もゴンはイルミの腕を力を込めて握っている。
目が一向にイルミから離れる気配がなかった。
対してはまだ立ち上がったまま、座るべきかどうか悩んでいた。
ネテロの言葉にレオリオが小さく舌打ちしたとき、ポックルがクラピカの合格も不自然だということを意見した。
「ないな。私の合格が不自然ならば、不戦勝の合格も自然とはいえない」
「なんだと?」
音を立てて椅子から立ち上がるポックル。
また、は「不戦勝の合格」という言葉に心が少し痛むのを感じた。
一触即発な雰囲気の中ハンゾーの大きな溜息が伸びていく。
しかし次のゴンの台詞が、一旦場面を沈静化させた。
「どうでもいいよ、そんなこと。人の合格にとやかく言うことなんて無い、自分の合格が不満なら満足できるまで精進すればいい」
――レオリオもそう言っていた。
まだピリピリとした空気の中で、は一瞬だけ表情を緩ませた。
だが直ぐに気を取り直して顔を引き締める。
イルミとゴンのやりとりはまだ続いていたし、相変わらずゴンはイルミの腕を放していなかった。
「それより、もしも今まで望んでいないキルアに、無理矢理人殺しをさせていたのなら。……お前を許さない」
「許さないか。で、どうする?」
「どうもしないさ。お前たちからキルアを連れ戻して、もうあわせないようにするだけだ」
ゴンの台詞の後にイルミの腕の骨が軋む音が聞こえた。イルミは僅かに目を細め、自由な左腕を胸の高さまで上げた。
その腕をゴンに、ゆっくりと近づけていく。
ゴンが飛びのいたのと時を同じくしてはイルミの左腕を掴んだ。
二人とも、その動きはほぼ本能的なものだった。
ゴンはイルミの動作に嫌な予感を感じて彼から離れたし、はイルミの左腕に違和感をおぼえて、
彼がしようとしていることを何となく理解して、腕にオーラを湛えてイルミの手を掴んだ。
「……そういえば君も、オレに言いたいことがあるんだっけ?」
「わ、……わたしが言いたいことは、全部ゴンが言ってくれた」
「あ、そう」
彼は平然と言って、少し腕を引こうとした。はそれを察して彼の手を解放する。
その頃合を見計らってネテロ会長が「さて、よろしいかな?」と口火を切った。
先程も言ったように、キルアの不合格は変わらないということだ。そしてこの場にいる者たちの合格も変わらない。
「それでは、本来ならばここで解散と申し上げたいところですが、ゴン様もいらっしゃいましたことですし、折角なのでもう一度軽く説明をさせて頂きます」
と、説明会の司会進行が前にも一度した説明を初めからなぞり始めた。
それが終わると、彼はコホンと咳払いをして朗々とした声を響かせる。
「ここにいる七名を新しくハンターとして認定いたします!」
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ネテロがかけた「解散」の声を聞き届けた後、受験者達はそれぞれ部屋からでて行った。
は直ぐ傍にいたゴンに声をかける。
彼はしばらくイルミの後姿をじっと見つめていたが、に呼ばれたことに気がつくと、少し表情を穏やかにして振り返った。
「ゴン。調子、どう?」
「平気。ハンゾーはオレの骨、上手に折ってくれたんだって」
「へえ……!」
そうだったのか。ハンゾーとはあまり接する機会はなかったが、それは少し残念だったかもしれない。
五次試験でみた戦闘の高い技術はさながら、
彼はゴンの腕を折った時に躊躇いや情をチラリとも見せなかったのに、ゴンの骨を上手い具合に折っていたなんて。
腕があるだけでなく情を抑えることが可能で、しかし自分の理念と状況によっては相手に配慮のある攻撃をすることもできる。
その臨機応変な姿、それはまさしくがなんでも屋を営む自分を想像した時、理想と語ることが出来るものだった。
感心していると、ゴンはきょとんとした目で彼女を見た。
「、あんまり落ち込んでないよね」
「ん?」
「もっと落ち込んでると思ってた」
素直に言われて、
なんとなくバツが悪くなったは頭に手をやる。
なにを言おうか少し悩んだ後、思い切って口を開いた。
「落ち込んでたよ。でもレオリオに言われたんだ。あ、ゴンも言ってたよね」
「オレも?」
「うん、合格に納得いかないなら精進すればいいって。わたし、そうすることにしたの」
「ああ」
納得したように声を上げるゴン。
は照れくさそうに続けた。
「それにしても……強くなろうと思って意地を張ったのに、結局全然成長できたって感じがしないや」
がここで言う「意地」とは、彼女が自身の甘えをなくそうとしたことだ。
そんなこと、ゴンには知るよしもない。
しかし彼はニュアンスで察知したのだろうか、「んー」と小さく声を漏らした後に続けた。
「そんなに焦らなくても大丈夫だと思うよ」
彼女はその言葉の意味が理解できずに首を捻った。
「は十分強いから」
「……え? わたし、ゴンの前で何かしたこと、あったっけ」
「ううん、でもオレ、なんとなく分かるんだ。は何か、オレにはない力を持ってるって気がする」
「(す、するどっ)」
「だからさ。急がなくても、のペースで行けばいいと思う」
その言葉にはなんの裏もないまっすぐなものだった。
当然、レオリオの言葉と同様に、の心にもストンと降りてきて染み込んでいく。
――いけない。思わず涙ぐんでしまいそうになった。彼女は
せりあがってくるものを堪えて、搾り出すように声を発した。
「ありがとう。あ、あと、もう一つありがとう。初戦でゴンの試合を見て、勇気をもらったから。足の震え、40%オフだったよ」
「それって凄いこと?」
「うん、かなり凄いこと!」
「そっか! どういたしまして」
ゴンがニッと笑った直後、後ろから声をかけられた見ると、そこにいたのは
「よっ。ククルーマウンテンだっけか、キルアがいるところは」
レオリオとクラピカだった。
そう、ゾルディック家はククルーマウンテンという山に存在する。
そのことは、既にゴンがイルミから聞きだしていた。
イルミがそれを話すことについて躊躇しなかったということは、
ゴンたちが知っても何が出来るというわけでもないという自信のあらわれだろうか。
ゴンはレオリオの言葉に相槌を打った。
「うん。でもどこにある山なんだろう」
「オレは知らないぜ。クラピカ、知ってるか?」
レオリオが話の矛先をクラピカに向けるが、彼はなにやら黙り込んで考えているようだ。
もう一度彼の名を呼ぶレオリオ。
そこでようやくたずねかけられていることに気付いて、クラピカは首を振った。
「いいや。私も知らないな。だが調べてみれば分かるだろう、あとでめくってみるか」
「あ、わたし知ってるよ。ククルーマウンテンの場所」
「マジか。どこだよ?」
「パドキア共和国。ここから北に位置する国で、多分、飛行船で行けば数日位かかるかな」
レオリオはなんでそんなことを知っているんだ、とでもいいたげに目を丸くしてを見る。
それに対して彼女は曖昧に笑んだ。
「だって相手はゾルディックだから。わたしも実家が実家だし、多少の情報はもってるんだ」
「そっか、お前も一応裏稼業の人間だもんな」
「正しくは半裏稼業だけどね。犬の散歩とかも仕事として依頼が来るんだ」
その後ハンゾーやポックルと別れの挨拶を交わし、電脳ページでパドキア共和国行きの飛行船のチケットも予約した。
ゴンが探しているという彼の父親であるジン=フリークスについても調べてみたが、
極秘指定人物として登録されていて、わかることはなにもなかった。
本当にハンター試験が終わったのだ。
にはいまいち実感が沸かない。
四人でハンター試験の最後の会場を後にする。次に目指すのは、パドキア共和国のククルーマウンテンだ。
彼らの気持ちの全ては既に次の目的に向いていた。キルア奪還という目的に。