「ゾルディック家は……世界屈指の殺し屋一族。曽祖父と祖父母、父母、五兄弟で構成されていて、長男はイルミ、それからミルキ、キルア、アルカ、カルト。祖父の名前はゼノで、父親の名前はシルバ
だったと思う」
「キルアは三男だったのか。曽祖父と祖母、母親の名前はわからないのか?」
「うん、わたしは知らない。けれどその三人も現役の殺し屋であることは確かだよ」
空中を優雅に進む飛行船の中、机を囲んで、四人は話し込んでいた。会話の中心はゾルディック家。
主に話しているのは。彼女の知っているゾルディック家についての情報を並べているところだった。
「ゾルディック家についてわたしが知っているのは家族構成と名前。あとは住居のある場所かな。なんでも、地元では観光地になっているらしくて」
「はあ!? 殺し屋のアジトだろ? そんな大っぴらでいいのかよ」
驚き半分呆れ半分、肩をすくめるレオリオ。それは真っ当な意見だった。
同調するようにレオリオと目を合わせた後、は言葉を続ける。
「誰も本当の姿を知らないとかって噂があるけど、ゾルディックは仕事が完璧すぎるから、正体が見え辛いっていうのが本当なんだって」
そこまで言った後、わたしが知っているのはここまで、と言葉を切った。
数分の沈黙が続く。恐らく各々が、の話した内容について思慮しているのだろう。
やがてクラピカが「ふむ」と静寂を破った。
「参考になった。ありがとう」
「役に立てて嬉しいよ」
それにしても……、とは辺りを見回す。飛行船の見慣れた景色に溜息をついた。
まるで六次試験会場にむかっているみたいだ。
実際は、ククルーマウンテンがあるパドキア共和国に向かう飛行船に乗っているのであって、
ついでにいうと、約三日間の空の旅が始まったばかりだ。
「そうだ、ちょっとわたし、家に連絡入れてくる。……公衆電話ってあったっけ?」
「ああ、部屋の隅の方にあったぞ」
ほら、あそこ。クラピカの指し示す方には確かに緑色の公衆電話が二つ、存在していた。
礼を言ってから電話まで近寄り、硬貨を入れて受話器をとる。
緊張で心臓が早鐘を打ち始める。
番号を押し終えたあと一度深呼吸をすると、受話器を持つ手が小さく震えた。
「……も、もしもし」
『あら、? ひさしぶり。試験は終わったらしいね』
「う、うん」
『で?』
「合格した」
『へえ、やったじゃない。おめでとう』
受話器越しに聞こえてくる母の声からするに、彼女は感心しているようだ。
やっぱり自分が合格するという確信はなかったのか、とは少し落ち込んだ。が、気を取り直して本題に移る。
「それで、あの、ちょっと遅くなる」
『なんでよ?』
「友達を迎えに行くから」
『はい? どこに?』
「と、とにかく、ちょっと遅くなる! ……いい?」
『別にいいけど……』
許可の言葉を聞いて、はほっと胸を撫で下ろした。
キルアを連れ戻すまでは勿論、まだ家業を継ぐ覚悟も決まっておらず、どちらにしろ今戻ることは出来ない。
『父さんには私から言っておくから。それじゃ、元気でやりなさいね』
「あ、うん」
あっという間に通話は途切れた。繰り返される機械音を聞きながら、安堵の溜息をもらす。
受話器を元に戻して席に戻ると、机には料理が運ばれていた。
「どうだった?」
が席に着くと同時に尋ねてきたのはレオリオだ。
「うん、OKって」
「の家は厳しいの?」
「え?」
「いや、なんとなくそうなのかなーって」
パンを頬張りながらのゴンの言葉に、は考えさせられた。あれは厳しいというのだろうか?
比較すべき対象がないからか、彼女は直ぐに答えることが出来なかった。
「うーん」
しばらく考えて、右手に水の入ったコップを取る。一口飲んで、元の位置に置いてから、曖昧に言葉を発した。
「ゾルディック程ではない。と思う」
「不明瞭だな」
「自分でも良く分からなくて」
クラピカの台詞に苦笑する。もう一口水を飲んで、スプーンを握った。
食事を終えた四人は、もう夜も遅いという事でそれぞれに用意された部屋に戻っていく。
ハンター試験の時とは違って廊下やベンチで寝ることはない。
プロハンターの証を提示すればいい部屋を取ることも出来たのだが、ゴンが証をまだ使わないというので、
三人もそれに合わせて一般の部屋をとっていた。それでもそこそこの広さがある部屋だ。シャワールームまでついている。
試験の時は試験監督が使っていたようなところだった。
それぞれ隣り合った部屋だから、直前まで一緒だった三人に「お休み」と挨拶をして、は自分の部屋に入っていった。
久しぶりに一人だ。まずベッドに身を投げ出し、伸びをした。
「あー、疲れた」
実際のところ、彼女は最終試験では何もしていない。それでも精神的な疲労が肉体にも現れ始めている。
身を起こし、まずはお風呂に入ろう、とシャワールームに向かう。
時間を気にせず、ゆったりと体を洗えたのも久々のことだった。
体も心もさっぱりとして、用意されていた寝巻きに着替えて早速寝てしまおうとリビングに足を進めた、ちょうどその時のことだ。
の部屋の呼び鈴が鳴った。
「?」
疑問に思いながらもドアの前で「どちらさまですかー」と声をかけると、返ってきた声はクラピカのものだった。
「私だ。少しいいだろうか」
「クラピカ? 別にいいけど、どうかした?」
尋ねながらもドアを開ける。クラピカはまだ風呂には入っていないようで、昼の服装のままだった。
彼はが寝巻きであるのを見ると、済まなそうな顔をする。
「まさか急がせてしまったか?」
「ううん。ちょうど今出たところだから。あ、部屋に上がる?」
「いや、ここで話そう」
それはそうか、とは微妙な笑みを浮かべる。
特別な感情がないにしろ、同年代の男女が部屋に二人きりになるのは、なんとなく気まずいものがある。
「は、旅団についてなにか知っているか?」
「……あ、もしかしてそれ、わたしがゾルディック家について話した時から思ってた?」
「ああ。更に言うと、さっきまで尋ねようか悩んでいた」
彼の瞳は真剣そのものだ。はその目を少しの間見つめていたが、やがて口を開いた。彼女がクラピカへの協力を惜しむ理由など、何一つ存在しない。
「話すけど――わたしが知っていることだけでいい?」
「頼む」
「……幻影旅団は団員13人で構成されている盗賊団で、その活動は主に凶悪な強盗だったりするけど、たまに慈善事業もするんだって。ブラックリストに名前が載っていて、危険度はランクA。リーダーの名前は確かクロロっていって、旅団が盗むものはほとんど彼が決めているって話。それ位かな」
まっすぐに前を見ていたクラピカの目はいつの間にか床に向けられていて、何事かを考えているようだった。
「あ、それと。わたしの母親の同僚が旅団の一人の戦いを目撃したことがあるそうなんだけど」
その言葉を聞くとほぼ同時に彼は勢いよく顔を上げ、目線をに戻した。
彼女はその勢いに気圧されて一瞬言葉を詰まらせる。
「――えっと、なんでもマシンガンみたいに指から弾丸を繰り出してたって」
最後に「放出系かな」と言いそうになったが、慌てて口をつぐんで、なんとか変なことを言わずにすんだ。
まだ念を知らない彼にそんなことを言ったら混乱させてしまう。
ハンター試験にも合格したことだし、彼にはもう念の存在について暴露してしまってもいいかも知れないとは一瞬思ったが、やめた。
それについては彼自身が教えを受けるべき人間に教えてもらう方が絶対にいい。そして彼に念を教える人間は、ではない。
クラピカはが焦ったことに気付かなかったらしい。また視線を床に落として、考えごとをしていた。
「……なるほど。貴重な情報だった、ありがとう」
「ううん。どういたしまして」
「邪魔をしてしまって済まなかった。それじゃあ、お休み」
「あ、ちょっと待ってクラピカ」
あることを思い出して、は彼を止めた。駆け足でリビングまで戻って上着のポケットをあさる。
そこから取り出した飴を握って玄関まで戻り、クラピカの手に一つ、乗せた。
「時間が空いたときに飛行船内の売店で買ったの」
「これは……」
「ハチミツ飴。甘いものって考えごとにはいいし、気分も落ち着かせるでしょ? わたしも仕事前によく舐めてるんだ」
呆気にとられたような顔をしていたクラピカだったが、の言葉を聞き届けると、表情を和らげる。
「そうだな。ありがとう」
「なんていうか、わたしが言うのもあれだけど、あんまり思いつめないようにね」
「ああ、肝に銘じておく」
「それじゃあ、お休み」
「お休み」
扉を閉める。リビングに戻ると、飴を一つ自分の口の中に放り込んだ。
じんわりとした甘さが口内に広がって、心の中の固まった部分を溶かしてくれる。
だが完全に気をゆるませてしまうのは良くない。もう一度自戒しなおす。
その証に、昼に来ていた服と一緒においてあった武器を取って枕元に置いた。
歯を磨いた後、電気を消して布団に入る。
正直怠けてしまいたいところだが、明日はなるべく早めに起きよう。そう思いながら眠りについた。
そのままぐっすりと眠れたのは、たった数時間だけのことだ。
薄い殺意を感じては深夜に目を覚ました。薄い、というよりも、隠そうとして隠しきれていない殺意だ。
直ぐに部屋の中に一つの気配を感じた。――何者かが侵入している。
記憶によみがえるのは、ハンター試験の説明会での話。
「プロになられたあなたがたの最初に試練は、カードを守ることといっていいでしょう!」という内容の、だ。
恐らく侵入者はハンター証を狙っているのではないか、というのがもっとも有力な推測だった。
は早くも固まりかけている体に鞭を打って飛び起きた。同時に枕もとの武器も手に取る。
彼女は電気をつけるスイッチのある場所までなるべく静かに且つ迅速に移動して、
部屋を明るくした。
「(いち、に。二人か)」
その内一人はベッドの中にいたを刺そうとしていたのだろう、布団に向けてナイフを振りかぶろうとして固まっていた。
動いた彼女に反応が遅れたということは、大した敵ではない。
彼らの感情が驚きに支配されて一瞬殺意がゆるんだ隙に、彼女は鎖鎌を振るう。鎖で一人の足を払い、次にもう一人の頭を分銅で殴打した。
足を払われて倒れかけている方と距離を縮め、鳩尾に拳を入れる。
そいつは音もなく崩れ落ち、部屋の中で
意識を保っているのはだけとなった。それらはほんの数秒の出来事。
倒れ伏した二人を見下ろして、彼女は冷や汗を拭った。
「(大した人たちじゃなくてよかった)」
それともう一つ、気付くことがある。
ハンター試験を受ける前の自分の動きと比較した時、現在の方が多少の思い切りがついたような気がするのだ。
「少しでも進歩したって思っていいのかな……」
若干喜びつつ呟いた時、隣の部屋から大きな音が聞こえた。隣は確か、レオリオの部屋だ。
彼女はハッとして、急いで靴を履き、武器を片手に隣へ駆けた。鍵は――開いている。
扉を開け放ち、躊躇いなくベッドのある部屋に踏み込むと、そこには気絶した三人の賊とレオリオがいた。
詳しく言うと、……パンツ一丁の、レオリオが。
「あ、。こいつら、お前のところにも来たか?」
「――何でパンツしかはいてないんですか!」
返事をする余裕なんてない。それどころか、勢いで発した言葉が思わず敬語になってしまった。
きっと彼はあまり服を着ないで寝る種族の人なのだろうと一人で納得していたが、混乱して思わず問うてしまった。
「はあ?」と首を傾げるレオリオ。そのあと自身の格好を確認して「あ」と声を漏らした。
その後の彼の反応を見るより先に、は足を動かした。
「失礼しました!」
形だけ挨拶をして部屋から出、扉を閉める。荒れた息を整えて、小さく呻いた。
「な、なんだろうこのお約束な展開は……びっくりした」
最後に、ゴンとクラピカの部屋の前に目を回した男達が倒れているのを確認して、自分の部屋に戻る。
備え付けのロープで二人の男達を縛って、廊下に放り出した。ようやく眠れる。しかし時刻は夜明け近くになっていた。
何故だかどっと疲れがこみ上げてきて、布団に沈む。
結局次の日彼女が目を覚ましたのは、太陽が昇りきった頃になってしまった。
そして一番初めに顔をあわせたレオリオとの間に少し気まずい空気が流れたのは、二人だけが知っている。