「ゴン!」
キルアは、まずゴンの元まで駆けて来て、再会の喜びを分かち合うように手を叩きあった。
「よく来たな、大変だったろ? 顔すごいことになってるし」
「キルアこそ、怪我してるじゃん!」
一歩はなれたところで二人の遣り取りを見ていたは、「ああ、これだ」と表情を緩めた。やっぱりこの二人は一緒にいないと。
そう思っているところで二人はぱっとの方を振り返ったので、彼女は少し怯んでしまった。
キルアはの正面に回る。
「久しぶり」
「あ、うん、久しぶり!」
まずい、声が半分裏返ってしまった。酷く気まずくなってしまっては直立不動になる。
そして口を真一文字に結ぶ。彼女の緊張は、そんな風に顕著にあらわれてしまった。
もう一回仕切りなおして、今度は落ち着いた声で、ただし少し緊張による硬さの残った声で「久しぶり」と言うと、
「……お前、何か緊張してる?」
キルアは訝しそうに、そんなを見る。元々鋭い感覚を持つキルアが、わかりやすい彼女の反応の変化に気付かない訳がなかった。
その言葉に対して彼女が深呼吸をして自分を落ちつかせ、額にかいた汗を拭う。
「だ、だって、久しぶりだしさ。ちょっと緊張しない?」
ゴンとキルアは顔を見合わせた。そしていくらもしないうちに、ニッと笑い。二人は声をそろえて言った。
「ぜーんぜん」
息の揃った答えに、は返す言葉がない。
そうかなあ、と一人呟いて頭に手をやりかけ、怪我をしていることを思い出して手を降ろした。
「おいキルア」
「私達に挨拶はないのか?」
後ろからキルアの肩を叩いたのは、レオリオとクラピカだ。
すぐさま四人は明るく温かく騒ぎ始め、気付けばもその輪の中に加わっている。
更に、いつの間にか彼女の緊張も解けて、そこで以前にやっともどれた気がした。
ひとしきり再会の挨拶をかわした後、一行はゾルディック家
執事室、ひいては高く
そびえたつククルーマウンテンを後にした。
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電車の規則正しい揺れやそれに伴って繰り返される音は、たいていの場合、人を眠りへと誘うものだ。
時が夜だという事もあって、車内にはいくつかの規則正しい寝息が響いていた。
窓際であるの隣に座るレオリオも、その隣のクラピカも完全に寝入ってしまっている。レオリオにいたってはいびきもかいていた。
レオリオの向かい側にいるゴンも自分の膝につっぷしているし、恐らく寝ているものだと見られる。
の向かい側のキルアは肘掛を利用して頬杖をつき、目を瞑っている。そんな中で彼女は眠れなかった。
昼間から夕方にかけてずっと気を失っていたからだ。
彼女は時計を見る。空港に着くのは今からおよそ五時間後の、七時三十分。そこについたら彼らとはお別れ、ということになる。
悲しいけれど仕方がない。皆にはそれぞれの目的があるのだから。
は一つ息をついて、窓から外の景色を眺めた。
「(暗くて何も見えない……)」
退屈すぎる。
本を読もうにも暗すぎるし、小さな灯りを灯すという選択肢もないことはなかったが、そんなことをすれば皆を起こしてしまう。
それは避けなければ。
仕方なく外を見やって、沢山の黒い影を流し見ていると、不意に声が聞こえた。
「なんも見えないな」
「……キルア。起きてたんだ」
「ああ、ついさっきから」
それ以上話すことがなく、二人はぼんやりと外を眺める。
キルアの雰囲気から、なんとなく自分に何か言いたいことがあるんじゃないか、とは感じた。
その予感は当たったようで、しばらくするとキルアはまた口を開いた。
「が来たのは、なんか意外だった」
「え?」
「なんにせよ、ちょうどいい機会だ」
キルアは口元に手を持っていき、少しだけ何か考えた後、おもむろに口を開いた。
「正式に家を出て、オレは今お前より一段上にいるってことで、言わせてもらうぜ?」
「……うん」
二人の間の空気がぴんと張り詰める。キルアの話は、こんな台詞から始まった。
「あんたって、中途半端だよな。情けないし。勿論性格がどうの、って言ってるわけじゃなくて、家のこととかがさ」
流石キルアだ、断りも前置きもなくいきなり本題に入ってしまった。
耳が痛いがは彼の言葉を聞き入れる体勢に入る。
「まるで昔、っつってもそんなに前のことじゃねーけど。とにかく、前の自分を見てるみたいなんだ。正直、嫌だ」
「うん」
「今のあんたを認めることは出来ない」
「……」
全て本心からの言葉だ。キルアが彼女を見る真っ直ぐな目からも、それは容易にうかがえた。
だからこそ、その全てはの心に突き刺さった。それでも彼女が感じたのは言葉の刺さる痛みだけではない。
それは、キルアが悪意を持って――ただ傷つけたいと思ってを批判している訳ではないと、直感的に悟っていたからだろう。
「そろそろ腹、決めろよな。がどの道を選ぼうが、今の状態よりはマシだと思うぜ」
ほら。
彼はきっと、この位言わなければ駄目だと思ったのだろう。言葉をオブラートに包むことはいくらでもできる。
それを敢えてしなかったのは、を少しでも動かすため。
「オレは出てきた。次はの番だ」
「……」
キルアは口を閉ざしても、じっとを見つめている。
彼女はその強い視線から一度目を逸らしたが、再び顔を上げて見返した。
青く染まった綺麗な瞳の中に、極々僅かな不安の光を見た。
それは少しでも集中力を欠かせば見えなくなってしまうもの、一瞬で虚空へかききえてしまいそうなもの。
しかし彼女は確かにそれを見た。次の瞬間、は無意識の内に言葉を発していた。
「ありがとう」
「……は?」
キルアは狐につままれたような表情を浮かべる。
も一瞬だけ自分の言葉に驚いたが、すぐさま納得して、消極的な笑みを浮かべた。
「ありがとう、キルア」
彼の方から、ここまであからさまにから視線を逸らしたのは、これが初めてではないだろうか。
キルアは自身の膝に目を落とし、
「別に」
と呟くように言う。
「腹、決める。少し前から、そうしなくちゃと考えてはいたんだ。直ぐに出来るほど、わたしは凄い人じゃないけど、近い内に、絶対にはっきりさせるよ」
は強い口調で言った。キルアは黙って、視線を何も見えない外へと転じた。
それにつられても暗闇を見つめる。まるで先の不安すらも飲み込んでしまいそうな闇だ。
空恐ろしいものを感じるけれど、こんな闇は、決して嫌いではない。
「わたし、まだしばらく家には帰らないつもりなんだ」
前触れなくが口火を切ると、キルアは横目で彼女を見た。
「今回決断をしたら、この先変えることは二度としちゃいけないと思うから。後悔しないように、悪い結果になっても仕方ないと思えるように、じっくり考える。結果を出してから帰る」
「そうだな、早けりゃいいってものじゃない」
「でも、試験が終わってからずっと考え続けてるんだよね、既に」
このまま考えているばかりで、結果が出なかったらどうすればいい。
そんな不安は見て見ないフリをしてきたが、今そうすることは不可能に近い。
キルアは「意外だ」、というような顔をしてを見た。
「もしかしてオレ、余計なお世話だった?」
「そんなことないよ。ありがとう」
「……いちいちありがとうとか言うなよ」
彼はまたそっぽを向く。
はきょとんとした。
「照れてるの?」
「照れてねーよ」
「じゃあはずがしがってるの?」
「追求すんな!」
キルアの声の大きさが上がりかけて、は慌てて唇の前で人差し指を立てた。
彼はまずい、と口を閉じてレオリオたちの様子を見る。
大丈夫だ、皆身動きもしない。二人は安堵の息を吐いた。
「そういやお前、一睡もしてないよな。大丈夫かよ」
「今日は長い昼寝をしていたから。キルアこそ大丈夫?」
「オレは平気。兄貴にいろいろされてる間ずっと寝てたし」
「図太いなあ」
「まーね」
キルアの笑った顔を見るのは、本当に久しぶりだ。
嬉しくなってしまって、は口元を緩めた。
しばらく他愛のない話をしていたが、明け方頃になって、眠気がを襲い始める。
「ちょっとだけ寝ることにする。皆が起きたら起こしてくれる?」
「ん、わかった」
太陽の光に照らされ始めて、外の風景は大分はっきり見えるようになってきた。
キルアはそれを見つめながら、が眠りの姿勢になる直前に言った。
「いい結果が待ってるといいな」
彼女は心の中で「ありがとう」と返して目を瞑る。
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(キルア視点)
溜息が聞こえて目が覚めた。薄く目を開けて正面に座る人物をうかがうと、彼女は外の風景をみて退屈そうにしている。
外の風景といっても夜の闇に包まれて全く何も見えないような状況だ。
「なんも見えないな」
眠っている他の三人に配慮してなるべく小さな声で言うと、聞き漏らさなかったが驚いたように目を開いた。
このが驚く顔は今までに何回見たっけな。今日だって久々の再会に緊張していたし、繊細、というか、肝が小さいというか……。
だがしかし時々そんな彼女から何か強いものを感じる時がある。それは一体どこから来るのか、とても気になった。
ぼんやりとそんなことを考えた後、オレは前から言いたかったことを今言おう、と決心した。
今まではオレもあいつと似たような状況だったし、あまり上から物をいう事は出来なかった。
けど今は違う。言うなら今だ。
「あんたって、中途半端だよな。情けないし。勿論性格がどうの、って言ってるわけじゃなくて、家のこととかがさ」
その言葉にが一瞬苦しそうな顔をするのが見えた。
でもこいつには、これ位言わないと。優しく言おうと思えばいくらでも出来る。
けれど今は敢えてそのままを話したほうが、には響くはずだ。
それでもし、あいつに嫌われるようなことがあっても、それは仕方がない。
そこまで考えて、オレは自身の中にちらっとした不安の火が揺らぐのを感じた。
「まるで昔、っつってもそんなに前のことじゃねーけど。とにかく、前の自分を見てるみたいなんだ。正直、嫌だ」
「うん」
「今のあんたを認めることは出来ない」
「……」
相槌を打たなくなる。今、何を考えているのだろうか。
オレは今で自分の中で揺れて、しかも一言話すごとに煽られて大きくなっていく不安の火に戸惑っていた。
「そろそろ腹、決めろよな。がどの道を選ぼうが、今の状態よりはマシだと思うぜ」
また揺らぐ。――あれ?
オレ、さっき「あいつに嫌われるようなことがあっても、それは仕方がない」なんて思ってたけど、
「オレは出てきた。次はの番だ」
あいつに嫌われるのは、……結構、嫌かもしれない。
そう気付いたのは言葉を打ち切った十数秒後だった。内側で揺れ動く不安の感情に、イライラとする。
もう言い終わったんだから不安に思ってもしょうがないだろ。
言い聞かせながらズボンのすそを握った。
「ありがとう」
「……は?」
どんな流れでその言葉が出てくるんだ、と思えるようなことを言われて呆然とした。
も一瞬自分が何を言ったのかわからなかったらしいが、すぐにいつもの頼りない笑みを浮かべた。
一人でなに納得してるんだ、オレはまだよくわかっていないのに。
「ありがとう、キルア」
何故だかオレは、ついその笑顔から目をそむけていた。膝に視線を落す。なんでわかりやすい反応をしてしまっているんだろう。
起きたばかりだからか、調子が悪い。とりあえずは寝起きであることのせいにした。
別に、と呟くとは続ける。
「腹、決める。少し前から、そうしなくちゃと考えてはいたんだ。直ぐに出来るほど、わたしは凄い人じゃないけど、近い内に、絶対にはっきりさせるよ」
ああ、それがいい。次に彼女はまだしばらく家に帰らないつもりだといった。じっくりと考える時間は、には必要なものだろう。
オレは納得して頷く。だが彼女の言葉に少し引っかかった。
「でも、試験が終わってからずっと考え続けてるんだよね、既に」という台詞だ。
彼女が、自分が言わなくても、既に一歩を踏み出しかけていたのだとしたら、
「もしかしてオレ、余計なお世話だった?」
尋ねると、彼女は即答する。
「そんなことないよ。ありがとう」
「……いちいちありがとうとか言うなよ」
なんとなく顔をあわせづらくなって逸らした。するとは「照れてる?」やら「はずがしがってる?」やらと問いかけてくる。
そんな問いに答えるわけもいかず、「追求すんな!」と一喝してしまった。
ここにいるのは自分たちだけじゃなかったと気付いたのは直ぐ後だ。
ゴン達の様子を見ると、起こしてしまってはいないようだったから、セーフ。向かい側のもほっと胸を撫で下ろしていた。
それにしても。と、キルアは数分前の自分の言動を振り返る。
「(――なんか、オレらしくなかったか?)」
普段なら、ここまでの口出しなどしないはずなのに。
それでもつい、を押し出すかのような言葉を言ってしまったのは、自分が彼女に多少の自己投影をしてしまっているからかもしれない。
そして、これはゴン達にもいえることではあるけれど――彼女が普通の人間に比べて、自分にとって特別な存在だからなのかもしれない。
もう眠気は覚めて、これ以上寝る気はしない。
オレとは明け方近くまでくだらない話をしていた、が、太陽が顔を出し始めたところでは眠気を訴えた。
「ちょっと眠くなってきたかも」
「昼夜逆転か?」
「それは嫌かも……ちょっとだけ寝ることにする。皆が起きたら起こしてくれる?」
「ん、わかった」
外に広がる森の緑も、もう大分見分けがつくようになっている。
所々木の陰に動物も見えるようになったし、本格的に朝の始まりだ。オレはその一日の始まりに眠りにつこうとしているに向けて呟いた。
聞こえなかったなら聞こえなかったで別にいいと思いながら。
「いい結果が待ってるといいな」
彼女は何も言わずに目を瞑る。