彼女、=はどことなくふらふらとしていて、決してとどまるところがなく、帰結する点も見え難い。
勿論安定してもいなければ、矛盾もしばしば垣間見える。
どこか浮かないし、いまいちぱっとしないのだが、それでも彼女が一応は前に進んでいると、
少なくとも本人は歩もうとしているのだという姿勢は確かだと思った。
前を見れば、キルアの一歩先を歩くゴンとがくすくすと楽しそうに笑いあっている。
この二人はあまり似ていないのにもかかわらず、意外と気が合うようだ。まあ、それは自分とゴンの組あわせにも言えることだけれど。
そういえば、自分達は今どこに向かって歩いているのだろうか。キルアは、はたと思いとどまった。
クラピカやレオリオとは既に別れを告げて、今彼らは三人で行動している。
しかしどこに行こうとも明言せず、ただ歩いている今の状態。
「なあ」
キルアが声をかけると、二人は振り向いた。
笑みを浮かべたままゴンが問う。
「どうしたのキルア」
「オレたちって今どこにむかってんの?」
とゴンは笑顔を引っ込めて立ち止まった。そしてきょろきょろと周囲を見渡す。
――おいおい、まさか。
次にキルアの方を向いた二つの顔は、まさに「無理をしています」という感じな笑顔だった。
「ただ歩いてただけかよ」
呆れて言う彼に、二人は誤魔化すように笑って頭をかいた。
何故だか遊ぶ気満々だったゴンの認識。
それをキルアが正し、二人の目的地が「天空闘技場」に定まった時、は自分はどうするのか考え込んでいた。
まだ帰る気はない、否 帰ることはできないけれど、ただその辺でぶらぶらとしているのも何か違う気がする。
どこか人気のない山にでもこもって瞑想していれば、考えはまとまるだろうか。決意はうまれるだろうか……。
「も一緒に行こうよ」
ふと曇りのない声がの耳に入った。
発信源はゴンである。
「えっ?」
「だって特に行くところが決まってるってわけじゃないんでしょ? だったら一緒にいようよ」
そのほうが楽しいし、と真っ直ぐな目をして目の前にいる少年。
は少し遅れた返事を返す。
「……ゴンにまだ家には帰らないってこと、言ったっけ?」
「へ?」
ゴンの口ぶりからして、彼はが家に帰ることはなくどこか他の場所へいようとしていることを確信している。
けれどそのことは、空港行きへの電車の中でキルアには宣言したが、それ以外に口外した記憶はなかった。
「……」
ゴンは黙りこくる。
はもしかして、と一つの仮定に辿り着いていた。――あの時、実は寝ていなかったの?
そう聞こうとして「あの」まで言ったとき、勢いよくゴンは頭を下げた。
「ごめん! 盗み聞きをするつもりはなかったんだけど、つい聞いちゃって」
「あ、そんな。いいよ。それにしても、全っ然気付かなかった」
「オレも。いつから聞いてたんだよ」
キルアが尋ねるとゴンは右の頬を人差し指をかきながら、
「が話し始めるちょっと前辺りから、かな」
そう言う。
「そ、そうだったんだ」
「うん。ごめん」
潔く謝るゴンに、は複雑な気持ちになった。恥ずかしいような、情けないような。あの時、自分は何て言ったっけ。
この話題から動きそうにない二人に業を煮やして、キルアは口を開いた。
「――で、どうすんの?」
「一緒に行こうよ!」
それに畳み掛けるようにして言葉を発するゴン。
戸惑ったは、「う、うーん」と目を泳がせる。
「でも、いいの?」
苦し紛れに出た言葉はそういうものだった。
ゴンはきょとんとした様子でこう尋ね返した。
「"いいの?"って、逆になんで駄目なの?」
「それは、えっと……なんでだろう」
歯切れの悪いの返事にますますわけがわからなくなったようだ。
ゴンはなにやら考え込んでいるが、別に彼女はそこまで複雑な考えを巡らせているわけではなかった。
もうとっくに二人の行き先ということで綺麗にまとまっているのに、そこに自分が加わってもいいものかという考えだ。
「が嫌なら来なきゃいいし、来たいなら一緒に来ればいいんじゃねーの?」
なんでもないことのようにいうキルアの一声に、すっと霧が取り払われていくような感じがした。
はおずおずと二人を見る。そして軽く頭を下げた。
「――考えがまとまるまで、しばらく同行させてください」
「やった!」
素直なゴンの反応に、なんだか照れくさくなる。
キルアは小さく「やれやれ」と呟いたがその表情はどことなく穏やかだった。
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久々に飛行船に乗り空の旅を楽しんだ後、天に届きそうなほど高くそびえた大きな建物、すなわち天空闘技場に辿り着いた。
入り口前には長蛇の列が出来上がっている。辛抱強く待ち続け、中に入り、参加手続きをした。
いよいよ中に入ると、そこは野球場のように真ん中のスペースで人間たちが戦闘を繰り広げていて、
その周りを取り囲むように観客席がもうけてあった。
三人は観客席の適当なところに座り、戦う人々を見る。
彼らはそれぞれAからPまでのアルファベットがふられた16つのリングで二人ずつ交戦していた。
その光景を見て、は感心の溜息をついた。
「闘技場って言うからには、予想はしてたけど……本当に闘技場だね」
「そうだろ。昔とちっとも変わってないよ」
その言葉に反応するのはゴンだ。
「キルア、ここに来たことがあるの?」
「ああ、6歳の時に。親父に200階まで行ってこいって、無一文でほうり出された」
6歳? は目を見張る。
「それで、200階まで行ったの?」
ここは戦って勝てば勝つほど上階へのぼっていけるというシステムになっている。
6歳の子供がそこまで行くことは可能だったのだろうか。
「まあな、2年かかったけど」
つまり8歳で200階に登れるほどの力量があったのか。
その「200階へ行ける強さ」の程はまだ分からないが、それでも凄いことに違いはない。
はキルアから再びリングへと視線を戻し、戦士の一人一人を観察した。
手馴れた様子である者が多いが、動きの洗練されている者は少ないようだ。
初めにゴンが試合を行い、次にキルアが呼ばれた。二人とも一撃で相手を伸している。
ゴンは手で押すだけで、そしてキルアは手刀で。
彼はゴンと同じく50階行きを決めて座席に戻ってきた。
「は最後だな。どう? ビビってる?」
からかい半分でキルアが尋ねると、は即答する。
「当たり前でしょ!」
「そんな自信満々に言うなよ!」
そうはいっても、彼女がこの状況に腰を引かさないわけがないのだ。
やがて彼女の番号が呼ばれると、は一瞬固まった後、立ち上がった。
「頑張ってね!」
「トチんなよ」
「うん」
駆け足で指定されたGのリングまで急ぐ。
辿り着くと、既にそこにいた大男はを見て目を丸くした後、豪快に笑った。
「あんたがオレの相手か!?」
笑い声の途中にそんな言葉を滑り込ませて、更に笑い続ける。
はしどろもどろになりながら「よろしく」と引き攣った笑みを浮かべた。
四方八方から、「優しくしてやれよー」やら「寧ろ痛い目にあわせてやれー」などの野次が飛ぶ。その声はの神経に少し触れた。
だが、好都合。
相手は彼女に敵意を持つ様子は微塵もないし、そうすればの動きが制限されることもない。
「始め!」
審判の声が凛と響いたのを合図に、は構えた。
「動くなよ、顔じゃねえとこ殴ってやるからよっ!」
大男はにやりと笑って拳を掲げ、彼女の方へと走ってくる。
彼女はその攻撃をすれすれで避け、ぎゅっと拳に力を入れた。
そこで思う。
ゴンは押し手、キルアは手刀。ならば自分は?
結論を出すよりも先に体が勝手に動いていた。
無意識の内にの拳が狙ったのは、攻撃を避けられて驚きに支配され、気の回されていない隙だらけの顎下。
――それは所謂アッパーカットだった。
試しの門で筋力が上がったのはゴンだけではない。
彼が試合をして相手を押し飛ばした時ほどの時ほど遠くへは行かなかったが、が殴り飛ばした大男はリング内から飛びでて、
隣のリングで戦っていた二人にぶつかった。
「あ」と観客は声を漏らす。は口を覆う。
「(しまった。飛ばす場所の狙いを定めていなかった……)」
これは謝るべきだろうか、とおろおろしていると、審判が彼女の傍に来た。
「2056番、50階へどうぞ」
彼は手元の機械をいじり、レシートのようなものを出す。そしてそれをに手渡した。
そこには彼女が50階まで上がるのに十分な力量を持っているという証明がされてあった。
ゴンとキルアがいる座席に戻ると二人はお疲れ、と片手を上げた。
「何階だった?」
「えっと、50階」
「じゃあ一緒だね!」
三人が会話をしていると、観客がぼそぼそと「あの三人、知り合いか?」等と囁く声が聞こえてくる。
なんとなく居辛い雰囲気だと思っては早く上に行こう、と言った。