70階でサナダに負けたは60階にて試合をおこなった。多少喧嘩は得意なのだろうが、たかだか一般人。
念の使い手でなければ、プロハンターを目指すような輩でもない。
だから楽々と勝利できた、と言いたいところだが、実際には違った。
初めの方こそが若い女であり、また見た目が強そうではないということで彼女の対戦相手には油断があった。
しかし天空闘技場ではもう何度も試合をしていて、そのたびに彼女は一撃で相手を伸している。
その事実はもう周知の
ものとなっており、つまりの対戦相手は彼女を軽く見ることなく警戒するようになった。
明らかに格下であるような相手からの敵意すら、彼女の動きを制限する要因となる。
苦戦する、とまではいかないが、少なくとも多少は様子を見てから攻撃をしかけなければいけなくなってしまった。
我ながら面倒臭い体質だな、と今更ながらに彼女は思う。どうにかして治したいとも。
しかしそう考えたのはこれが初めてではなく、昔から何度もこの体質を治そうと試みてはいたが、一度も成功したことはなかった。
精神的なもの、所謂トラウマが原因だというふうに両親はいい、そして彼女もそう思い続けていたのだが、
もうトラウマうんぬんの領域じゃないという気がする程だ。
とにかく少しだけ様子見をしてからいつも通りにアッパーカットを決め、70階行きを果たした。
翌日指定された時間のあたりに待合室に向かうと、そこには見慣れた姿があった。
は驚きに息を飲む。その後名前を呼んだ。
「キルア!?」
「よ」
銀髪の少年は呼びかけに応えて片手を挙げた。
その表情は浮かないものだ。不満ごとを抱えているような。
何故彼がここにいるんだ、と案外早くに訪れた再会への驚きにただ目を瞬くばかりの。
彼は彼女に言いにくそうに告げる。
「オレも負けたんだよ。お前と同じように、あのサナダって奴にさ」
「……なるほど」
「何、納得してんだよ!」
キルアはむっとした表情をしたが、彼女が慌てて謝ると直ぐにもとの顔に戻って肩をすくめた。
「あいつ、強いな。正直ちょっと見くびってた」
「うん。あの人は強いね」
「気に食わない奴だけどな」
「え? そうなの?」
「ああ、なんとなく。多分気が合わないぜ、オレとあいつ」
けろっと答える彼に、相変わらずはっきり物を言うな、とは半ば感心してしまう。
「それにしても……あー、ゴンに遅れをとっちまった!」
「ゴンは今、えーと、100階か」
「そ。今頃きっと個室にいるぜ、あいつ!」
本当に悔しそうに言うキルアに、は苦笑した。
「わたし達もとっとと勝ってさっさと追い着こう」
「ん、そうだな」
『キルア様、ギイ様、73階A闘技場へどうぞ』
「じゃ、80階で」
「りょーかい」
キルアは楽々と手刀で80階行きをきめ、も上手くやって試合に勝利した。
エレベーターで待ち合わせていた80階に辿り着くと、そこには何人もの闘士たちがいる。
中には見慣れた顔もある。段々とこの闘技場に馴染み始めてきた証拠だ。
そんな中、エレベーターから出てきた彼女の姿に気付いたキルアが声を上げて自分の居場所を知らせた。
がキルアを見つけて駆け寄ると、彼は腕を頭の後ろで組んだ状態のまま言う。
「今日の試合、オレもも夕方からだってさ」
その声にはもっと速く、一日に何度も試合をしたいという気持ちが滲んでいる。
只今の時刻は正午、夕方まではまだまだ時間がある。そこで彼女は提案した。
「じゃあご飯でも食べに行こっか」
「だな」
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「そうだ。昨日さ、ヒソカに会ったんだ」
「は? ヒソカって、あのハンター試験で会った、ヒソカか?」
適当な場所にあったファミレスにて、キルアとは二人がけの席に向かい合って座っていた。
天井にいくつかテレビがぶら下げてあり、そこにはちょうど今戦闘中の男が二人、映し出されている。
「そう、あのヒソカ。メイク落としてて、しかも髪型が違ったから全然分からなかったけど」
「想像できねー。それ、最早別人だろ」
彼の遠慮のない言葉に、確かにそうだ、と彼女は笑ってしまう。
「でもかっこよかったよ」
「げ。お前、趣味悪……」
「いや、本当にかっこよかったって! 信じられないけど」
「えー」
昨日見たあの姿をありありと思い返しながら言う。
しかしキルアは信用しきれないようで、言葉を曖昧にした。その次に話題を転換する。
「それよか、どうしてヒソカがここに来てるんだよ?」
「教えてくれなかった。でもきっと先回りをしたんだよね」
ヒソカの行動は予測出来ないし、理解も出来ない。
二人がこうじゃないか、ああじゃないかと言い合っているところに、が頼んだオムライスが来た。
「ありがとうございます」
運んできたウェイトレスは礼を言うに笑顔で対応し、
「弟さんの方は少し待ってくださいね、直ぐに来ますから」
人のいい笑みを見せた。そして動きを固めた二人に気付かないまま去っていく。
数十秒後、は心底怪訝そうな声を出した。
「……弟さん?」
「オレ達が姉弟に見えるってことか?」
「そうなんだろうね、多分」
キルアが弟? と、は少し想像をして、止めた。なんだか想像が出来そうで出来ない。
逆に彼の姉である自分の姿も思い浮かべることが出来なかった。
同じく想像を巡らせていたのだろうキルアは口元に手をあて、呟く。
「が姉貴……? はは」
「ちょっとキルア。なに笑ってるの? なに想像したの?」
彼女の耳は、キルアが小さく噴出したのを聞き逃さない。
問いかけると、キルアはくすくすと笑いながら言い切った。
「いや、ありえねーって思ってさ!」
「失礼な!」
一体なにを思ったのだか。が何か一言言ってやろうと口を開くと、その前にキルアは笑うのをやめた。
そして少し真剣な顔つきになる。
「いや、でも」
逆説の言葉をぽつりと口にする。
なんとなく口を挟めず、が黙って続きを待っていると、彼は呟くようにこう言った。
「……みたいな姉貴、いたら面白いかもな」
その時の彼は、なんとも形容しがたい表情だった。
笑っていることには違いない、だけれど、そこには色んな思いが交錯しているようだった。
複雑で、読み取り難い。ただわかるのは、これは普通12歳かそこらの子供がするような顔ではない、ということで。
それでもその横顔になんとなく惹かれるものを感じた。
「(って、子供にときめいてどうする)」
自分をいさめる意味も込めて、は左手で口を覆う。
少し深呼吸して落ち着いた後、彼女は思ったことを言葉にした。
「キルアみたいな弟がいたら絶対に退屈しないと思う」
「――それ、褒めてる?」
「もちろん」
キルアは少し照れくさそうな顔をし、その数秒後、はっとした。の背後を見て目を丸くしている。
何事かと思って振り向こうとした瞬間、後ろからばしっと思い切り肩を叩かれ、は文字通り飛び上がった。
「うわっ、びっくりした!」
その直後に聞こえた声は、よく知っているものだった。
「ゴ、ゴン!? びっくりしたのはこっちだよ、もー……」
「ごめん、そんなに驚くとは思わなくって」
「いや、別にい」
の文句は途中で止まった。ゴンの隣にある人影を見て。
しかし一人の人に目を留めて動きを固めた彼女を差し置いて、キルアは普通に話を進める。
「ゴン。どうしてここにいるんだよ」
「どうしてって、お昼ご飯に決まってるでしょ?」
「そりゃそうだけど……っていうか、何でお前そいつと一緒にいるんだ?」
ゴンの隣にはサナダがいた。それが、が固まった原因である。
「あ、サナダさんね、オレと隣室なんだ。それで知り合って、一緒にご飯食べに行こうってことになって、此処にきたらキルアとがいたって感じ」
言いながらとキルアが向かい合って座っていた二人用のテーブルと同じものをくっつけて四人掛け仕様にするゴン。
自分の隣に腰かけたサナダを見て、意外だ、とは思う。あまり他人と関わることが好きそうじゃないのに。
今までに話したことは僅か数回であるし、よく考えてみると彼女の想像でしかないのだが。
やがて、キルアが頼んだ料理がテーブルに運ばれてくる。
その際にウェイトレスがゴンとサナダの注文を取ろうとしたが、二人はまだ決まっていなかったので断った。
フォークを取り、スパゲッティを一口食べた後、
「そういえばさ。あんたとって知り合いなの?」
何故かではなくサナダにいきなりそんな話題をふるキルア。それに対し、サナダはメニューを眺めながら「ああ」と肯定した。
「同業者だ」
「じゃあなんでも屋ってこと?」
「そうなるな。だがおれの家はとは違って裏の仕事しか引き受けない」
「そうなんですか!?」
発覚した新事実に驚く。通りで、自分とは雰囲気が違ったわけだ。
キルアは相槌を打った後、露骨に聞いた。
「じゃ、人殺したことあるんだ」
「ああ、ある。……ところで、君は殺し屋か何かだろう」
「!」
ズバリと言い当てられ、眉を顰めるキルア。サナダの鋭い目はいつの間にかメニューをみておらず、斜め前に座るキルアにあった。
「この前の戦闘でそうだと分かった。動きが、よく教育を受けた殺し屋のものだったからな」
「……元、だよ。今は違う」
キルアがそう言ったあと、不自然な沈黙が落ちる。キルアとサナダはお互いを見たまま何も言わない。
居心地の悪さを感じて、ゴンとは目を合わせた。そして、頷き合う。
「ほ、ほらほら、サナダさんは早く頼む料理決めないと!」
「キルア、スパゲッティ冷めちゃうよ!」
なんとか妙な雰囲気を払拭して、ふうと息をつく二人。
この後は、なんとかその雰囲気が復活することなく食事を終えることができた。
店を出たとき、時計の針は一時半を回っていた。
「あ、オレたちは二時ごろからだったから、そろそろ戻るね。二人とも、また!」
「うん、またね」
「ぜってー追いつくからな」
ゴンは大きく腕を振る。その隣で、サナダは軽く会釈をした。
二人の姿は人ごみの中に消え、残されたキルアと。
「オレたちは夕方辺りだったよな、確か」
「そうだったよ。……暇だね」
「あ、チョコロボくん買いに行こうぜ、チョコロボくん」
「チョコロボくん?」
「オレが好きなお菓子。一個150ジェニー!」
結局夕方まで適当にその辺りの店をぶらぶらと回り、時間を潰した。
またヒソカとはち会ったりしないかと内心少しどきどきとしていただったが、そんなことは起こらないまま平穏に時間を過ごすことが出来た。
そして夕方、日が傾いてきた頃、80階選手控え室へと戻る。
その後は、いつもの手順を踏んで試合をするだけである。
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まさか、思いもしなかった。
80階クラスをクリアし、90階へのぼった時、そこでゴンと再会することになるなんて。
「お前、なんでここにいるんだよ!」
昼にも一度言った言葉に、今度は悔しそうするゴン。
ここは90階で、ゴンは100階にいるはずだった。
いや、もし昼の試合に勝っていたなら、今ごろは110階にいるはずだ。
しかし彼は今、90階にいる。つまり、これが指すものは、ゴンの敗北。
「サナダさんに負けたからだよ」
同じく彼に敗れている二人は、何も言えない。
「そうか」とだけ呟いて、キルアはなにか考え事に耽った。
これで、三人とも一回サナダに負けたという事になる。
しばらく三人そろっての行動はできないはずであったが、三人が揃う機会は意外と早く訪れてしまった。
しばらく誰も何も話さなかったが、少し経ってゴンが口を開いた。
「サナダさんと戦った時……たまに嫌な感じがしなかった? 圧迫される感じ、っていうかなんていうか」
「あ、したした。ズシの時もそうだったけど」
キルアが同意する。ゴンは数秒何事かを考え、選びながら言葉を口にする。
「あれって、たまにヒソカから、そしてからも感じることがある空気だった気がするんだけど」
少年二人の視線がに集まって、彼女は目をどこか違うところへ向けた。
だがキルアははっきりと、逃がさないように言葉を紡ぐ。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃねえ? やあのサナダって奴が知ってて、オレたちが知らない何かがあるんだろ?」
「……」
「が教えてくれないなら、今までの予定通り最上階まで行くからいいけどさ。オレ、出来るだけ早く知りたいんだよね」
強い意思が秘められる真っ直ぐな目で見られ、彼女は内心たじたじとしてしまった。
「(――この二人なら、念の存在を知っても問題はない。悪用はしないだろうし、知る権利は十分にある)」
しかし理想的なのは、彼ら自身が教えを受けるべき人間に教えてもらうことだ。
たとえ尋ねられたとしても、言わないつもりだった。
しかしこの闘技場にきて、少し事情が変わっていた。
――この天空闘技場には思ったより沢山念の使い手がいるらしい。
ここ数日彼女が広場などのテレビ画面を通して見た200階クラスの闘士たちの試合の数々。
どの試合も交戦している二人は念能力者だった。
もしかしたら、ある一定以上の階からはほとんど念能力者なんてこともあるのかもしれない。
最上階を目指すという事は、その念能力者たちとも戦う時が来るという事だ。
もし彼らにぶつかってしまったら、二人は念を覚えていない生身の体にとんでもない衝撃を与えられてしまうことになる。
上手くいけばそれで念を会得できるだろうが、取り返しのつかないような大きな代償が伴うだろう。
「(そんな目にあわすくらいなら、存在だけでも知らせておいた方がいいかもしれない)」
この二人は賢い子たちだ。対策を練ることが出来るだろう。
は二人と目を合わせて、頷く。
「念っていうものがあってね」
出来るだけ理解しやすいように、それでいて強大な力であるということを認識できるように。
は丁寧に言葉を選びながら説明をした。
全てを聞き終わった後、二人は謎が解けたかのような表情をしていた。考え込んだ後、キルアが口火を切る。
「そんなものがあったのか。じゃあ兄貴もヒソカも、も念を使ってたんだな」
「それって、どうやったらできるようになるの?」
「念による攻撃を受けるか、精神統一とかで目覚めさせるっていうのは聞いたことがあるけど」
「はどっちで?」
「わたしは精神統一で」
座禅等を組んだりして精神を統一し、自分の中のオーラの流れを感じ取る。
はそのやり方で念を習得したのだった。確か、と彼女は過去を振り返る。――確か、六歳位の頃に。
「じゃあオレたちを念で攻撃してよ」
キルアの言葉には直ぐ首を振った。
「わたしにはまだ、上手く人の念を開発するなんて高等なことは出来ないんだ、ごめん……っていうか、二人ともやっぱり念を習得したいの?」
の問いかけに、ゴンとキルアは頷いた。
「ヒソカと同じ土俵に立つには、それが不可欠だと思う」
「兄貴の強さの秘密がその念ってやつなら、詳しく知りたい」
「そっか……そうだよね」
「そうだ、教えてくれてありがとうね、」
「さんきゅ」
「どういたしまして」
その後急にゴンが声を上げた。
「あ! ズシは念能力者なのかな?」
「わたしは見たことがないから分からないけど、キルアが気配を感じたって言うならそうだと思う」
「じゃあ、それってつまりさ」
「あの眼鏡兄さんがズシの念の師匠ってことだよな? きっと」
二人は一瞬顔を見合わせ、エレベーターの方に目を向ける。そんな姿に一抹の不安を覚える。
「二人とも、まさか」
「ウィングさんってどの宿に泊まってたっけ?」
「ズシに聞きに行こうか」
「だな」
キルアはの方を振り返り、尋ねた。
「オレたち今から眼鏡兄さんのところに行くけど、どうする?」
「……ついてく」