ウィングの読み通り、ゴンとキルアは一週間足らずで自分の中のオーラの存在を確かめ、まず練と纏が出来るようになった。
その後はとんとん拍子に進み、あっという間に絶もマスターしてしまったらしい。
その天性の才能は傍から見る者たちに空恐ろしさすら感じさせる。
一方のはその様子に触発されたところもあってか、いつも以上に張り切って独自の修行を始めていた。
今までは数日間隔でやっていた基本の修行を毎日行うようにしていた。
更に彼女の苦手とする「硬」と「円」の訓練も始めたのだ。
幼い頃から、自分が戦闘に不向きであるという根強い固定観念を持っているためだろうか、
彼女にとって
特に攻撃型の念の応用技はどうにも上手く行かない節がある。
「周」 これはの「発」にあたって欠かせないものなので得意とするところだ。
「隠」 あまり使う機会がないので極めている訳ではないが、どちらかというと得手としている。
「凝」 念を覚えさせられた時に日常的に使えるよう訓練されているが、元々は苦手だった。
「堅」 防御に利用する「堅」はの十八番だといえる。
この四つは比較的得意だが、しかし
「円」 の円の範囲は半径40センチメートル。正確には「円」とは呼べないレベル。
「硬」 大の苦手だ。
「流」 「硬」よりも一回り不得意である。
「流」が不得手であると言うのは、自身のレベル以上の念能力者同士の戦闘においては致命的な欠陥といえる。
敵意を感じると体が固まるうんぬんについても解決するべきではあるが、それと同じ位こちらの問題も大きい。
だが「流」の瞬間的攻防力移動は長い訓練と多量の実戦経験がつちかうものであるから、
一人での修行としては中々手が出しづらいところがあり、
そういうわけで、は現在とりあえず「円」「硬」の修行に集中しているのだった。
しかしながら彼女の「円」はあまり成長を見せる気配はなく、硬についてもいまいち難航気味、というのが現実だ。
ゴンたちが纏と練を習得してから三日ほど経った時だったか。
とゴン、そしてキルアが一つの部屋に集まって練と纏の修行をしたことがある。
その時、ゴンがの念を感じて、呟いた。
「凄いや」
「え?」
「の念。充満してる感じがする」
やっぱりは強かったね、といつかの言葉をくりかえすようにして言うゴンを包むオーラは、
数日前のものと比べて力強く、安定したものになっている。
そんなゴンのオーラが見えるせいだ。
気を抜いたらすぐに追いつかれる、とは焦燥を覚え、彼の言葉を素直に喜ぶことが出来なかった。
闘技場での試合の方では、三人とも滞りなく上へ上へとのぼっていった。
サナダ以上の技量の相手はいない。やはりこの天空闘技場の下層において、彼の強さこそが異常。
そのサナダは、とっくに200階クラスへ上り詰めたらしい。
彼には遅れをとってしまったが、今、三人はまさに200階へと辿り着こうとしていた。
エレベーターの液晶に表示される数字がどんどん増えていくのを見ながら、ゴンが口を開いた。
「どんなとこだろう、200階って。ウィングさんの話だと、確か全員が念能力者なんだよね?」
「さあ、オレもこっから先は行ったことないからな」
冷静に話している二人だが、どこか200階での戦闘を楽しみにしている様子だ。
――特に、ゴンが。
きっと、念の力で何が出来るのか試したいのだろう。
二人は200階に行くまで念の使用をウィングに固く禁じられていた。
「少なくとも、ここにはヒソカがいるだろうね」
「え、ヒソカ!?」
「あれ、ゴンには話してなかったっけ。わたし、この前……っていっても一週間以上前だけど、ヒソカに会ったんだ」
チン、と音を立ててエレベーターの動きが止まった。
「何でヒソカがここに来てるんだろ?」
「さあ……」
会話しながらエレベーターから出た、その時だ。
禍々しい殺気が三人の行く手をはばんだ。
怯んで動きを止めるゴンとキルアの間で同じように動きを止めた――いや、
体が固まって止まらざるを得なくなったは直感する。これはヒソカの殺意だと。
「これ、殺気だよ。完全にオレたちに向けられてる」
ゴンはごくりと唾を飲み下す。
この殺気の源である人間は恐らく、とても強い。そんな予感がする。
もしかしたら、つい先程が言っていた「奴」かもしれない、と考えたゴンは油断なく前方を見据えた。
しばらくの間続いた、姿の見えない敵との無言の対峙に耐えかねたキルアが声を張り上げた。
「誰だ!? そこにいる奴、出て来いよ!」
その声に応え、ひょこんと姿を現したのは天空闘技場のスタッフの制服を着た女性だった。
一瞬拍子抜けした三人だったが、すぐに注意力を取り戻す。
緊迫して張り詰めた空気をまったく気にせずに、彼女は200階クラスの説明をし始めた。
この殺気の発信源は彼女だったのか? 分からないが、とにかく気は抜けない。
キルアは説明をするスタッフの一挙一動を見逃さないつもりで見つめる。
それと同時に、自分の立ち位置をよりも前に移動した。
きっと彼女はこの気味の悪い殺気に体の自由を奪われているだろうから、今何か仕掛けられたらまずい筈だ。
そんな、ほぼ無意識的な考えからによる行動だった。
「――また、原則としてこのクラスからファイトマネーはなくなります。名誉のみの戦いとなりますので、納得された上でご参加下さい。以上です」
案内が締めくくられた、その時だった。
三人の視界にヒソカが現れたのは。
彼の登場にスタッフは少し驚いたような顔をしてから道を開ける。
ヒソカは、前にが彼をここで見かけたときのように髪をおろしてはいなく、
服装もハンター試験の時とは違ってはいなかったが、似たような部類のものだった。
――彼はゆっくりと歩いて改めて三人の前に立ちふさがった。
気がつけばもう殺気は放たれておらず、の体には自由が戻っている。
「やあ、久しぶり」
彼は喉で笑いながら挨拶をした。
「あまり驚いていないようだね? ちょっと残念」
「……と会ったんだろ?」
「ああ、そうだった」
彼はそう言いながらちらりと視線をにやり、次にオーラを身の周りに留めながら身構えている二人の少年を見つめる。
そうしてもう一度喉で笑った。
「念はもう覚えたみたいだね。洗礼は受けずに済みそうだ」
まるで役者のように、ヒソカは手を広げ、「200階クラスへようこそ」と三人を歓迎するような素振りをみせた。
それに答えることなく、キルアが尋ねる。
「どうしてあんたがここにいるんだよ?」
「先回りして君たちを待ってたのさ」
あっさりとこの奇術師が口を割るとは思っていなかった。
それとも、嘘をついているのだろうか。
キルアは探る目つきでヒソカをみるが、しかしそこから得られるものは何もない。
ヒソカはキルアが自分を疑っている様子を認めて、目を細める。
更にここまで来た詳しい経緯を説明した。
「電脳ネットで飛行船のチケットを予約しただろう? ちょっとした操作で君たちがどこへ向かうのか検索して、あとは私用船で先回りして空港で待ち、後をつけたんだ」
「(全然気付かなかった)」
先回りをしていたんだろうということはなんとなく察しが着いていたが、尾行されていたとは知らなかった。
は額ににじんだ汗を拭う。
その隣にいるゴンに向けて、ヒソカは声をかけた。
「ここで鍛えてからボクと戦うつもりだったんだろう?」
「……そっちから来てくれて助かったよ。探す手間が省けた」
「念を覚えたくらいでいい気になるなよ。念は、奥が深い。そして、はっきり言って今の君と戦うつもりはまったくない」
ヒソカは三人に背を向けた。
「もし君がこのクラスで一勝をあげられたら、相手になろう。……ああ、そうそう」
彼は一瞬振り向き、を見た。
「君は登録を終えたらボクの部屋においで」
ひとさし指を立てるヒソカ。
が本能的に凝をすると、指の先に"NO.2444"とオーラが文字を形作っていた。
つまりヒソカの部屋番号は2444号室、ということだ。
今度こそヒソカはその場を去り、三人の間に妙な沈黙と緊張感が残された。