きれいな色
おまえのその剣の腕は、まさに天から与えられたものだよ」
小さい頃からそういわれてきたのは私ではなく、私の幼なじみだ。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、そしてそれを鼻にかけず愛嬌もあり大人に好かれ同世代の人気者で年下からは頼られる。そういう、むかつくまでの完璧人間。
そんな幼なじみの持っている才能のうちで私が一番羨んだのは、剣の腕。やつは私の目から見ても間違いなく剣術の天才だった。
それに比べて自分には才能が全くと言っていいほどない。努力の割りにごくごく普通、平均的な技量しかない。まったくもって面白くないが、それが事実である。
何度物心ついたときから一緒だった友をうらやんだかしれない。正直なところ、幼い頃は「あいつに私の才能も持っていかれたんだ」と今思えばありえないことを半ば本気で信じ込んでいた。
しかし私はやつを妬みこそすれど、決して嫌うことはなかった。
それだから、現に今もこうしてやつと近しい場所で働いているのだ。――倶東国の傭兵として。
これは私の意地なのだと、思う。
私はやつにいつも気後れしていた。自分は女で、やつは男。その性別の差は私のなかでいいわけにはならなかった。いいや、するわけにはいかなかった。
ただやつに負けるのが悔しくて、やつを追いかけ続けた。そうして追って追って……気がついたら兵士になっていたのだ。
子供の頃から身近でやつの剣を見続けていたせいだろう、私の目には剣の動きがよく見える。それに応戦できるかどうかは別問題として、だが。
やつの剣は神速をほこる。それでいて、ひどく鋭敏で繊細であり、かつ力強く、傍から眺める者をも硬直させるような力がある。故にあの剣を見慣れた人間にとって、ほかの剣は鈍く、のろまでつまらないものに見えるのだろう。
そういう意味で私はやつに感謝している。やつのおかげで私は、大抵の敵に臆することなく立ち向かうことができるのだ。
そう、初めて自分に敵の剣が振りかざされたときも全く焦らなかった。
「(アイツに比べれば)」
幼稚ですらあると。
私はじっと刃を見つめ、自らの剣で正確に相手の力を受け流す。力勝負に勝つことは出来ないので、「受け流す」。敵の呼吸を乱して隙を作る。そこへスッと入り込み、命をそぐ。その一連の動作を、私は難なくこなすことができる。
「(……アイツに比べれば)」
思えば私はいつもそう考えてばかりいる。いつも何かとアイツとを並べていた。私の基準は常にやつにあった。
やつの名は啓燕(けいえん)という。
私の自慢の幼なじみであり、一生の目標であり、生涯勝てない人物でもある。倶東国の軍に入ってから、やつはすぐに頭角をあわらし、あっという間に昇進していった。
ちなみに私は女の身であることもあり、兵に志願してからしばらくは下っ端のままだった。足のつく場所は近くても、立場は離れていく一方だ。それは悔しいことであり、切ないことであり……仕方のないことだった。
それでも私は負けたままでいるのが嫌で、というよりも負けを認めておとなしくなるのが嫌で、あがき続けた。
剣を振るい、戦果を上げ、やつとの差を縮めようともがいた。そしてヒイヒイいいながら、やっとのことで小隊の副隊長にまでなったのだ。これは性と年齢を考えれば凄いことだと思うのだが、やはり私の頭には「アイツに比べれば」という考えが居座っていて、離れない。
アイツに比べれば私など。
アイツに、比べれば。
ある日の夕方、私が補佐する隊長の文甲が、小隊の人間に召集をかけた。なにやら話があるらしい。どんな用件かは、副隊長の私にもまだ知らされていない。
この時点でなんとなくイヤな予感がした。
なるべくめどをつけておこうと記憶を掘り返していくと、ひとつ思い当たることがある――そういえば文甲隊長は朝方に玻慧様に呼び出しを受けていた。それ関係だろうか。だとしたら、いったい……?
夕暮れの赤が地上のもの染めあげる頃、揃った部下たちの前で、文甲隊長は重々しく口を開いた。
「俺たちの小隊が、七星士討伐隊の一部になった」
みながどよめく。
どおりで珍しく真剣な顔をしていると思った。私は驚いたものの、それを決して表情には出さないようにする。
文甲隊長と向かい合うようにして立つ小隊の人間たちの中で、一番前の真ん中にいた私は、わずかに首を傾げて尋ねた。
「七星士討伐隊……そりゃまた何でです?」
「玄武の巫女が現れたらしい」
「え」
先ほどよりも大きなざわめきが広がった。今度ばかりは私も流石に驚きを隠せなかった。
その言葉の意味をちゃんと理解した後、眉根を寄せて腕を組んだ。
「それで、討伐隊ができて、私たちがそこに従うことになったんですね」
「いや、正確には討伐隊として抜擢された精鋭三人の下につくということらしい。彼らの指示に一番に従うようにと言われた」
「じゃあ、その三人に都合よく動くための隊になったってことですか?」
「まあ……平たく言えばな。他の小隊にも、俺たちと同じように討伐隊の一部になったところがあるらしい」
巫女……まさか、自分が生きている間に現れるとは思わなかった。「巫女」という存在は私にとって伝説でしかなく。伝説は伝説。あまり興味をひかれたことはない。
が、現実のものとなってしまった今、巫女というものがいったいどんな姿形をしたものなのか、玄武を呼び出してどうするのか、どんな性格なのか、言葉は通じるのか、などなど、一気に疑問がわき出てくる。
「なんか、おもしろそうですね」
驚きから抜け出し、ニヤリと口角をあげると、文甲は「だよな」と呼応するように笑んだ。
「そういうことだ、おまえら」
さらに彼は声を張り上げる。全員の目線が文甲に集まり、それを確認すると彼は自分をみるものを見返しながら言葉を続けた。
「微妙な感じだが、とりあえず俺たちはもう小隊じゃねーし、俺も隊長じゃねェ。だって副隊長ではなくなった。これからは七星士討伐隊の道具として、彼らの下につく同僚だ。俺たちをのけものにすんなよ!」
文甲が話し終える頃には、動揺していた元部下たちの間にいつも通りの空気が流れ始めていた。
こうして玄武の巫女登場とともに私の居場所も変わったというわけだ。これはきっと、チャンスだ。私は密かにそう考えていた。これは国にとっての山。北甲国にとってというのは当たり前だが、倶東にとってもこれは重大な出来事なのである。ここで成果を上げれば、きっとやつに近づくことができるだろう。あふれるやる気を感じ、はやる鼓動を抑えるためにもあえて大きく息をついた。
しばらくして、一度討伐隊の「精鋭三人」と顔合わせをしておこうということで、私と文甲は陣営内を歩いていた。
「現れたんですねえ、玄武の巫女。青龍の巫女は来ないんでしょうか?」
隣を歩く文甲に声をかける。
いくら上下の関係がなくなったからと言って、急に態度を改めることはできない。つい癖になっている敬語を使ってしまうが、文甲はそれを仕方がないと思ったのか、苦笑して許してくれた。
「馬鹿野郎、そんなの玻慧様が許さないだろ」
「あーそっか」
私は軽い声を上げた。それに文甲が眉を寄せるのを気配で感じた。
「お前、そろそろできるだけまじめに振る舞えよ」
「そりゃ、いったいどういう意味です?」
「精鋭たちの下につくってことは、そういうこったろ」
「そか。アンタとは違んですか」
「……え、俺って精鋭っぽくなかったか?」
「あんまし」
討伐隊の下につくようにと指名されたくらいだ、一応私たちの小隊もなかなかのものなのだと思うが、それを素直に言う気にはなれない。……そういう間柄なのである。
私の返答に彼はいささか落ち込んだようだったが、すぐに気を取り直すと、七星士討伐隊の隊長の話を続けた。
「何度か目にしたことがある。まるで女みたいな顔した、優男だが……あいつは底が知れない」
「女顔の、優男」
「紫の目ぇしたやつな。確か、名の字にも「紫」があった気がするが」
「名前、覚えてないんですか」
私はあきれて視線を落とす。
すると隊長はあわてたようにいった。
「いや、ド忘れしただけだ。さっきまで覚えていたんだからな、ちょっと待て。えーっと……」
ぶつぶつといろいろな名前をつぶやき出した隊長の声を聞き流しながら、私は討伐隊隊長について考えにふけった。
確かに、私も噂なら聞いたことがある。冷静沈着で、丁寧な物腰の人だとか。しかし、仕事はその内容がどんなものであろうともキッチリとこなす手練。絶対にクセのある人物だろうな、と予想している。
「そうだ。紫義隊長だ。んで、副隊長が緋鉛っていうやつ」
得意げな声を上げる我らが隊長に、私は思わず口元をゆるめた。
「よくできましたね、文甲さん」
「……。お前は俺の……元とはいえ、補佐だろう……?」
彼は肩を落とすが、気に障った様子はない。そんな文甲に私はもう一度ほほえんだ。
――正直なところ、どうせならば、紫義隊長よりもこの隊長についていきたい。
なんだかんだいって実力派で、しかし意外と情に厚く。そのせいでよく損な目に遭う私たちの隊長。紫義隊長のように目立つ健闘者ではないかもしれないが、私たちは十分彼を尊敬していた。
歩いているとそのうち紫義隊長と、緋鉛という名の副隊長が待機している天幕についた。文甲が外から丁寧に声をかけると、中から応答と中にはいることへの許可が返ってくる。
部屋に入ると、直前まで緊張していた文甲を茶化したりして笑っていた私も流石に態度を改め、隊長及び副隊長の二人の前で膝を折った。
「第十一小隊隊長、文甲です」
「同じく副隊長、です」
「玻慧様の命により、あなた方討伐隊の下につくことになりました。これからは我らにいかなるご指示をもお与えください。それを実現させるよう全力をつくしますゆえ」
文甲、めちゃくちゃ気合いが入っている。私は隣でスラスラと言葉を出す彼にわずかに感心した。なんだかんだで、喜んでいるんだ。玻慧様に、直接的ではないが、重役をまかせてもらって。そんな文甲の声を聞き届けた紫義隊長が言った。
「ええ、聞いています」
澄んだ、しかしどこか冷めたような声。私はなんとなく腹の底のあたりが冷えるのを感じた。こっそりと紫義隊長を盗み見る。
女顔の、優男。
外見に関してはそう説明を受けたが、私はそれに足して「かなりの美人」だとつけたすべきだと思った。本当に女性とみまごう容姿なのだ。しかも美形。だがその美しさが彼の持つ冷えた印象を際だたせている気もする。落ち着いた丁寧な口調は、それを和らげる働きもしているのかもしれない。
文甲と彼が事務的な会話をするのを半分聞きながら、今度は副隊長の方に視線を送る。色素の薄い紫義隊長とはまた違った、黒髪の男。退屈そうにあくびをかみ殺している。こちらは紫義隊長と違い、あまり落ち着きがなさそうで、血の気が多そうな男だ。
紫義隊長が静なら、この副隊長が動。
そんな印象を受けた。
しかし、私たちが従う精鋭は三人だと聞いた。
もう一人はどこにいるのだろう?
いつの間にか話は一通り終わったようだ。文甲の合図を受け、私は下がろうとした。しかし、それは紫義隊長の声にはばまれた。
「一つうかがっても?」
紫義隊長は私に視線を送っていた。紫の瞳と一瞬目線が噛み合い、その瞬間、ほんの少し身構える。失礼だとは思いながらも目を合わせたままでいられず、なるべく何気ない風を装って視線を床に落とした。
「どうかいたしましたか」
文甲が少し困ったように言う。すると、紫義隊長は確認するようにこう言った。
「第十一小隊副隊長の方は、女性ですよね?」
私が答える代わりに、文甲が肯定した。
「ええ、そうですが」
何かいけなかったでしょうか、いけなくても男にはなれませんよ、と、普段の私なら文甲の言葉に続けておどけていただろうが、不思議と紫義隊長にそのような言葉を返すのはためらわれた。ので、黙っている。
「そうですか、呼び止めてしまって済みませんでした。珍しいと思ったものですから。……では、よろしくお願いしますね」
にこり。
紫義隊長は笑う。
私はその顔から、視線を腰の武器へと向けた。そこに当然のように存在するそれを認めてなんとなくゾッとした。
これで、戦うのか。この人が。
想像できるようで、できない。
その場を後にしてすぐに、文甲は大きくのびをした。
「あ〜あ、き、緊張した」
「確かに雰囲気ありますね、あの人」
「だよなぁ」
先ほどまで真面目一直線だった表情を崩す文甲。
「啓燕も雰囲気ある感じですけど、あの人とは質が違いますね」
「啓燕殿か。啓燕殿は、怖いというよりも妙な雰囲気だからな。閑李、お前は紫義隊長にどんな印象を持った?」
彼は、意外にも紫義隊長を気に入ったようだ。その証拠にこうして彼の話題を振ってくる。私は、なんともいえない、微妙な気持ちを探った。
紫義隊長にどんな印象を持ったか?
それは……
「……紫」
「は?」
「紫、という印象を持ちました」
「お前、それは、……なんというか、まんまなんじゃないか?」
「ええ」
ほんの一時だけ交わった目線。あのとき私を真っ直ぐみた紫の瞳が、脳に焼き付いて離れない。
表情はやわらかくほほえんでいるが、どこか冷たい目。しかしその紫は、
「……きれいな色でした」
アイツと比べることのできない程に。
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出会い。
( 201003 )