夕暮れの紅
私たち、第十一番小隊の存在する形が少し変わってから数日が発った。今のところ紫義隊長たちは独立して動いているらしく、私たちに声がかかったことはない。そんな状態のため、いつもの形で北甲国に進軍し、討伐隊の下につくよう命令が下った時とはまた違った場所に陣営を張っていた。おかげで自覚があまりない。
「しっかし、寒いですねぇ。文甲さん」
「ああ。まったくだ」
いまだ慣れることのできない寒さに身を震わせ、文甲は小さく笑んだ。
「だが、ここの夕暮れはすんばらしいぞ。森を少し歩いたところに穴場がある」
「へえ、ホントですか」
「見に行ってくるといい」
許しを得た私はうなずいて外にでた。別に夕焼けが見たかったというわけではない。
どちらかというと、軽く歩くことでゆるい疲労をどうにか和らげようと言う魂胆だった。
陣営から少し距離をおいて森が始まる。その森の中を歩いていくと、ちょうどよく開けた場所があった。小さな谷のように切り立っている場所で、そこからは下も上もよく見えた。
「おお……」
知らず知らずのうちに感嘆をもらしてため息をつく。それは、確かにきれいな景色だった。まるで一枚の絵。いつまでも見ていたい。見ているうちに、自分もその中に溶けてしまいたい。そう思えてくる。
気がつけば、寒さも気にならなくなっていた。
「北甲国はもっときれいだろうか」
そんなことをつぶやいて、また風景に見入る。
「こんなところで何をしているのです?」
「!」
背後から聞こえた声に肩を揺らして振り向いた。その声はまだあまり耳になじんでいないもの。そう、昨日の今頃初めて耳にした、紫義隊長の声だ。
「紫義隊長、お戻りになっていたのですか?」
「ええ、巫女と七星士の目撃者をやっと見つけたと思ったら、そこまでの道のりにここがあったので」
何でもない風に言うが、私は心の中で感心する。
もう巫女たちの足跡を見つけるとは。
「あなたは……でいいですか?」
「はい、紫義隊長」
名前を呼ばれ、やや緊張して背筋を伸ばした。
「もう一度聞きますが、ここで何を?」
なんとなく正直に言うのがはばかられたが、仕方がない。
「ちょっと夕焼けを見ていたんです。文甲に勧められたので」
「なるほど」
紫義隊長は景色に目を向けた。しかし、見慣れているのか、私ほどの感銘は受けなかったようだ。彼は表情を変えずにただ夕陽のまぶしさに目を細める。
きれいだ。
私は思った。
今度は夕陽ではなく、紫義隊長を見て。
傾いた太陽の光が、紫義隊長の色の薄い紙を、紫色の瞳を、燈赤色にそめあげる。光の中に立つ隊長はどこか儚げだが、どこか強い存在感が彼の輪郭を浮かび上がらせる。なんとも鮮やかな光景だ。
そのときふと彼の腰にある武器が目に入り、つい顔をしかめてしまった。
思い出した。
この武器、どこかで見たことがあると思ったら。
「隊長は、その武器をお使いになるんですよね」
「ええ、そうですか……何か」
「大したことでは……」
歯切れ悪く、私は言う。
「その武器で、自分で自分を殺しかけたことがあるので」
数年前、使えたら便利そうだと思って振るったそれは何を誤ってかすべて私の身に降り注いだ。急いで武器を放り投げ、代わりに刀を抜いて防御したので、幸い命は助かったが、あのときの恐怖は忘れない。痛みがよみがえってくるようで、私は思わず腕をさする。
紫義隊長はあまり興味がなさそうに「そうですか」と言った。
「つまり、あなたは戦闘要員と考えていいのですね」
参謀的なこともやらないことはないが、それよりも実践の方が得意である。
私はこくりと頭を縦に振った。
「ええ」
「武器はその刀を使うのでしょうね」
「はい。……もしかして、どの程度か知りたいですか?」
私が紫義隊長を見据えると、彼は少し驚いたように目を開いて私を見る。
そして次に にこりと笑った。
「是非」
「では文甲を呼んで参ります。彼とはよく組み手をするので」
「いえ、僕がいます」
「は?」
「僕がお相手をさせていただきます」
紫義隊長はにこにこ笑んだままの状態で腰の多節鞭を抜いた。そして私を見る。
これは本気なのだろうか。まあ、本人直々に調べると手っとり早いだろうが。何かほかに目的もありそうだ。
私はいろいろと尋ねたい気持ちをぐっとこらえ、紫義隊長と対峙した。
刀を、鞘から抜き、構える。
「よろしくお願いします」
「手加減はしなくていいですよ。殺す気でお願いします」
全力をはかりたいので、と言う紫義隊長の言葉を聞き届けたあと私は地を蹴るように駆けた。言われなくても、そのつもりだった。手加減などする気は毛頭ない。人は見た目で判断できないのだということはよく知っていたし、そうでなくとも紫義隊長が強いことは話に聞いていた。
一気に距離をつめると、意外な早さに紫義隊長は驚いたらしい。一瞬反応が遅れている。その隙を刺そうと、刀を突き出したが、刹那の遅れはいつの間にか取り戻されてしまっていた。金属と金属の激しくぶつかる音が耳をつんざく。私はすぐに崩れかけた体制を立て直し、紫義隊長の力を受け流すように刀を動かした。そして一度間合いを取る。紫義隊長も戦闘の気構えに入ったのか、やや目つきを鋭くして私が再び動くのを待った。それに促されるように、私は再び紫義隊長との距離をつめた。あまり安易に間合いを取ってはいけない。一度離されれば最後、なかなか近づけなくなるし、防戦一方になってしまう。彼の武器はそういうものだ。
ギリギリの攻防が繰り返される。
紫義隊長は、速い。啓燕に比べては遅いが。お互いの武器が重なり、離れる度に、紫義隊長の目はだんだんと鋭く、その眼光も強くなっていった。私がつい隊長と距離をとったとき、ぞくりとせすじがあわだつのを感じた。
「ふ!」
軽いかけ声とともに、多節鞭がのびた。
くそ、油断した。
これが厄介なのだ。
私は奥歯をかみしめ、紫義の手元を睨んだ。
足がすくむ。
昔これをまともに食らった時の感覚がまざまざとよみがえる。
四方八方から襲いかかる紫義の武器を、私は綱渡りをするような感覚を抱いたまま済んでのところで全てはたき落とした。そこで私は安堵してしまった。
次の瞬間、すぐ目の前に紫義の顔があった。
「うっ」
あっと言う間に地面に引き倒される。衝撃が背中から全身に伝わり、一瞬呼吸がままならなくなる。
「く……」
冷たいものが首にあたり、私は動きを止めた。
勝敗が決したのだ。
「ありがとう、ございました」
かすれた声で言うと、紫義隊長は私の上から退いて立ちあがった。その目は地に身を投げ出している私を見下ろしている。
「意外と、やりますね」
「意外ですか」
「ええ。……これが嫌いのようですね」
紫義隊長は自分の武器を一振りしてみせる。彼はすでに微笑みを取り戻していた。
「正直、嫌いです」
苦々しい気持ちで言うと、紫義隊長はやはり「そうですか」といって武器を腰に戻す。
「」
「……?」
差し出された手に、倒れながら首を傾げた。
「起きないのですか」
そういうことかと心の中で手を打ち、恐る恐る紫義隊長の手をつかむと、思いの外男らしい手にすこしだけ拍子抜けした気持ちだった。しかし、そのまま私を起こしてくれたその力強さに、なんとなく安心した。
やはり隊長と言うだけあって、強い。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
紫義隊長がそういったのを最後にあたりは沈黙につつまれた。私は気まずくて、頭に手をやったり足を動かしたりしてみる。その一方で彼は何かを思案しているようで、じっと地面を、そして気のせいか時々私の刀を見ていた。
「決めました」
やがて静寂を破ったのは紫義隊長だった。
「何をですか?」
「少人数の手助けがいるときは、文甲とあなたを指名することにします」
それだけ言って笑むと、紫義隊長は姿を消した。
なるほど。文甲だけを使うか、文甲と私の両方を使うか考えていたのか。しかし、どうやら、及第点だったらしい。なんだか悔しいが。
傾いていた陽はもう山陰に隠れていた。戦いの最中はあまり気にならなかったが、案外長い間紫義隊長と打ち合っていたらしい。もはやあたりは暗く、夕陽など見あたらなかったが、しかし。私は息をついて目を閉じた。
――まぶたの裏には、夕暮れの紅があった。
そして私の胸中には一つの決意があった。
あの多節鞭、いつか負かしてやる。
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VS紫義隊長
( 201003 )