頭を支配するもの


翌日、どうやら討伐隊の二人はまた動き出したらしく、巫女たちの目撃証言のある場所へと向かっている。ということで私たちは私たちで行動した。倶東の傭兵は基本強いのか、もう寒さや雪もなれてしまっているようだ。
――が。
どうやら我らが元隊長は一つずれているらしい。

「けほ、っあー……頭がグラグラすらぁ」

朝にはなんと熱を出していた。私はあきれかえって、言葉もない。

「文甲さん……アンタって人は」
「何だその失望の眼差しは。俺だって人間だから風邪くらいひくっての」
「そんなふんぞり返ることじゃないですよ」

大丈夫、明日には治ってるさ。そういって豪快に笑う文甲にため息を一つ。
昨日紫義隊長と手合わせした後しばらく考えてみたが、おそらく彼は私をただ単に使うと言うよりも、実際は何らかの作戦に使いたいのではないかと思う。そのためにまずどれだけの戦力となるかを調べ、どの程度のことができるかを検討したのではないか。そしておそらく、その作戦は――私が女であることに関わってくるはず。それ以外に私を使おうと思う原因が思い浮かばないからだ。
だとすると、何だろう。え、まさか色仕掛け? 巫女は異界の娘だと聞く、いくら何でも同性に色仕掛けは難しいが……。あ、七星士のほうか?

それでも困る。そんなことは一度もしたことがないし、まず色気のだしかたもよくわからないのだ。女でありながら情けないが、私にできるのは戦略を練ることと刀を振ることだけ。
あと人の神経を逆なですることだろうか?
などと、うだうだ考えつつ、北甲国の地を踏みしめてあるく。

次に宿営地を作ったところで、紫義隊長たちが戻るまで待機することになった。

「結構あの人たち個人行動するよな」
「まあ精鋭ですし、自分らで動くのが一番手っとり早いのかもしれませんよ」
「確かになぁ。俺たちに今できることは、情報の整理くらいか」

私たちはこの世界の方々にいる倶東国の斥候から定期的に来る報告の中で、特に玄武の巫女・七星士に関係しそうなものを取りおき、調べることをしていた。進軍しつつのことなのであまり深くはできないが、やらないよりかマシだと思っての行動だ。

「……なぁ」
「はい?」

そういえば、と文甲は顔をしかめながら切り出す。

「精鋭は三人って聞いていたんだが、もう一人は誰だ?」
「ああ、そのことなら私知ってます」

気になっていたので、他の傭兵に聞き込んでみたのだ。
そうしたらその人物の名前がわかった。

「名は、タキ。先日玻慧様が直々に見込んだ男だそうです」
「へえ」

納得したように数回うなずく文甲。
しかしその後、彼はいたずらを思いついた子供のように笑った。

「おまえ的にはどうだよ、この三人」
「ええ? どうって?」
「紫義隊長、緋鉛副隊長、んでタキって奴。だれが一番好みだ?」
「……オヤジですかアンタは」
「まあいいじゃねえか」

誰なんだよ? とワクワクしながら聞いてくる文甲にため息をつきたくなる。私は少しまじめに考え、すぐにやめた。

「上司をそんな風にみることはしません」
「お堅いなぁ。いいじゃねーか、見た目の好みくらい教えてくれても」
「っていうか、見た目ぐらいしか知らないですし。……あ、いや、紫義隊長とは一度手合わせしましたけど」

そういうと文甲はひどく驚いた様子だった。そのときの状況を詳しく話すと、文甲は興味津々の様子で話に聞き入る。そして話終えると、彼は顎に手をやって考え込んだ。

「紫義隊長が直々に、なァ。おまえを何かに利用しようとしてるとしか思えん」
「やっぱりそうですよね」

いつのまにか話題を変えることに成功した私は胸をなで下ろした。

その次の日。
紫義隊長らが帰還した。なんと怪我を負って。
七星士にやられたのだろうか。それとも巫女が?

強敵の予感を感じてただただ言葉が出ない私に、血塗れの紫義隊長が声をかけた。

、文甲。傷の処置を手伝ってください」
「はい」

紫義隊長と文甲と共に天幕にはいると、中では上半身をさらした緋鉛副隊長が、不自然に断ち切られてしまった腕を見て苦虫をかみつぶしたかのような顔をしていた。傭兵をやっていて、いちいち男の半裸に反応していることはできない。それを知っていたのだろう、特に気兼ねする様子もなく私にも処置を頼んでくる。当然のことながら、応急の処置だけはしっかりとしてあった。これならば化膿の心配もないだろう。
が、傷口を見て私は眉間にしわを作った。

「これは一体何に切られたんですか?」

失礼かもしれないとか、そういうことを考える前に口から疑問が出てしまう。その切り口が今までに見たことのないものだったからだ。刀剣に切られたものではない。鉄など金属のたぐいでは、このように腕を断つことはできないだろう。すると緋鉛副隊長は舌打ちの後、うなるように言った。

「"風"だ」
「風?」

思い当たって息を詰めた。

「……玄武七星士ですか」
「あァ」

風を操るとは……人離れしている。
しかも、"風"で人体を切断してしまうなんて。

空恐ろしさを感じていると、緋鉛副隊長が声を張り上げた。近い位置にいる私はその声量に思わず目をつむる。

「あの風の女、絶対に殺してやる!」
「うわ、み、耳元で吠えないでください!」
「うるせえ!」

うるせえのはアンタだ、とまでは言えなかった。
頭に血を上らせている彼は怒りのあまり天幕を壊しかねない様子だ。

「七星士……何人揃っていたんですか?」

文甲が紫義隊長に尋ねるのが聞こえた。

「おそらく、今のところは二人です」
「玄武の巫女、意外と仕事が早いですね」

確かに、と私は憤怒の形相の緋鉛副隊長をいさめその腕を清潔な包帯で固定し直しながら、胸中でうなった。化け物じみた強さをもつ七星士。巫女を討つのなら、これ以上揃ってしまわない内にやった方がいい。

「これからどうするおつもりですか?」

ご指示さえあれば、私たちはいつでも動きます。言外にその気持ちをにじませて尋ねると、紫義隊長は「そうですね……」と考え込む。とその時、天幕の外から声がかかった。

「文甲殿はおられますか!」

文甲は上司の二人に頭を下げ、返事をして天幕をでる。一体何事だろう? 疑問に思って文甲が出ていったあとをじっとみていると、いすに腰掛けているため頭が私のよりも低い位置にある緋鉛副隊長が問うてきた。

「オイ、おまえ名前は?」
「……です」

前にも名乗ったはずだが。

「包帯巻くのへったくそだな。こんなんじゃ自分でやった方がましだぜ」

鼻で笑う緋鉛にカチンときた私は、それでも「目の前にいるのは上司だ」と自分に言い聞かせ、無理に笑顔を作った。

「申し訳ありません。不器用なもので」
「っつっても女でこれはまずいだろ」
「余計なお世話ですよ!」

なおもいい募る副隊長に、思わず口がすべった。言ってからハッとする。焦って謝罪の言葉が出せず、ただ冷や汗を浮かべて緋鉛副隊長の顔色をうかがう。まずい。非常にまずい。紫義隊長よりも接しやすそうでわかりやすそうな雰囲気のせいだ。しかし緋鉛副隊長は気分を害したふうもなく、ニヤっと笑った。

「気にしてんのかよ?」
「し、してません」
「してんだろ」
「してません。……も、問題があるのならまき直します、腕を出してください」
「必要ねェよ。見た目は不格好すぎるが、役割は果たせてるからな」

じゃあ別に文句を付ける必要もなかったんじゃないか!
作った笑顔の下で、血管が切れそうになった。

「紫義隊長」

戻ってきた文甲の声で、今のやりとりの場に紫義隊長の目があったことを思い出した。冷や汗が再来する。どんなふうに思いながら見ていたのだろう……。

「七星士の情報が入りました」

文甲の言葉に焦りが吹っ飛んだ。紫義隊長と緋鉛副隊長の表情も明らかに変わった。

「"室宿"の情報です」

文甲が入ってきた情報を詳しく説明すると、紫義は口元に手をやって思案する。しばらくの間の後、考えをまとめた彼は口を開いた。

「僕も緋鉛もこの状況ですし……僕たちは様子を見て、新たな策を練ることにします」
「じゃあ七星士はどうすんだよ? 放っておくのか?」
「まさか。七星士のことは、タキに任せましょう」

タキ。まだ顔を合わせていない三人目の精鋭の名だ。文甲と目を合わせる。その傍らで、緋鉛が怒声をあげた。

「タキ、あいつ一体どこにいってやがる……!」

……?
その意味するところがよく理解できず、首を傾げた。

その内天幕から出ていき、討伐隊の二人と再び別行動になってからも、私の頭は彼らと巫女、そして七星士のことでいっぱいだった。最近、それらのことを考えないときがほとんどない。おそらくそれは文甲も同じのはずで、これからもずっと続くはずだ。
私たちが巫女と北甲国を滅ぼすか、もしくはこちらが滅ぼされるまで。






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原作の
シーンが少し。原作沿いらしくなってきたでしょうか。
( 201003 )