の前の


ぎょっとして無意識のうちに大きな声が出ていた。

「し、紫義隊長! まだ、怪我が……お体に障りますよ!」

七星士の"風"によってなかなか大きな傷を受けているにも関わらず、外を見回っていたのか、既に一人で歩いている紫義隊長を発見したのだ。

「ああ、貴女ですか」

あまりにも冷静な声。
つられて私はハッと我に返った。

「……傷口が開いたら、どうするんです?」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃありません。何かご用があるなら、私が代わりにいたしますから隊長は天幕にお戻りください」

自分に出せる精一杯の「有無を言わせない声色」を使ったつもりだが、実際のところ隊長の耳にどう聞こえたのかはわからない。紫義隊長は、探るように私を見、それから声を発した。

「なら、一緒にどうです?」
「――は? なにをですか」
「陣営内の見回りを」
「え、一緒に?」
「ええ。何度も言わせないでください」

どうやら、この人に有無を言わせないなんてことは、私には無理だったらしい。逆に私が有無を言えなくされているような気さえする。とりあえず何が起きても隊長を支えられるよう彼の斜め後ろを歩くことにした。

紫義隊長は意外と頑丈なようだ。まるでどこにも怪我など負っていないかのように、顔色一つ変えていない。左頬に切り傷がなければ、昨日天幕で彼が上半身に包帯を巻いていたことなど、夢だったのかもしれないと思えてしまっていただろう。

紫義隊長は黙ったまま、歩く。何人もの兵士が彼に頭を下げる。
その斜め後ろを歩く私は、まるで紫義隊長の部下と言うよりも従者になった気分だった。

「あの、紫義隊長」
「なんですか」
「室宿については、結局どのようになったのですか」
「タキに向かってもらいました」
「タキ……」

結局なかなか都合があわずに、その人とは一度も顔を合わせていない。
だからわからなかった。

「タキは強いのですか?」

一人で七星士のところに向かうなんて。余計なお世話かもしれないが、気になってしまう。すると紫義隊長は振り向きもせずに歩を進めながら言った。

「実際どれほどのものかは僕も知りません。しかし玻慧様が選んだ人ですから」

玻慧様の名は紫義にとって絶対的なものらしい。確かにあの方が直々に指名したとあれば、それだけで力あるものと認識できそうなものだが、七星士討伐隊の中でも紫義・緋鉛とは独立して動いている節のあるタキは、なんだか信用をすることができない。

「……もう一つ、聞いてもいいですか」
「質問の多い人ですね」
「す、すみません」

顔に血が上るのを感じる。
しかし、これだけは聞いておきたいということがあった。

「玄武の巫女は」

紫義隊長がわずかに反応するのが、斜め後ろからよく見えた。

「私と同じ年頃の娘との噂を耳にしたのですが、事実ですか?」
「ええ、事実ですよ」

彼は簡単に言った。
しかし、今回は歩く足を止めて私の方を振り返った。

「そうですね……本当に、ちょうどあなたと同じ位に見えました。それか少し下かもしれません」
「へえ。じゃあ」

紫義隊長はおいくつなのですか? そう尋ねようとしていた自分に気づいて、驚いた。別に、彼自身に興味があったわけではなかったはずなのに。

「あ、やっぱなんでもないです」

私が言い終わる前に、紫義隊長はこちらに背を向け歩きだしていた。一瞬ぽかんとし、次に苦笑する。なんだ、興味がないのは向こうも同じか。そのまま彼を追って小走りになる。

「隊長、そろそろ冷えてきましたし、天幕にお戻りください!」


++


また、数日が経ち。
私はまた、討伐隊幹部にぎょっとすることとなる。

、ちょうどいいじゃねぇか。ちょっとつき合え」
「え?」

背後からかけられた声に疑問を感じつつも振り向けば、そこにいた人物に顔を青ざめた。

「ひ、緋鉛副隊長!? ななななにをやってるんですかあなたは!」

片腕を失って間もないというのに、健在のもう一方の手で大きな武器を担いで立っている男。緋鉛副隊長。普段前髪を止めている輪を、今は外しているため、一瞬誰かわからなかった。

「なにって、いつまでもボーッとしてるわけにはいかねぇだろうが」
「いつまでもって、まだ数日しか経ってませんよ」
「もう数日も経ってんだろ!」

えええええ。口の端がひきつるのがわかった。隊長といい副隊長といい、精鋭と言うより化け物じゃないか。丈夫すぎるぞ、どいつもこいつも。

「あ、あの、つきあえって……?」

はじめに言っていたことを聞き返すと、緋鉛は悪人のような笑みを浮かべた。

「片腕でどれだけ戦えるか試してぇんだ」
「言語道断です。だいたい何で私なんですか?」
「ちょうどよくそこにいたから」

あっけらかんと答える彼に、どっと疲れが押し寄せてくる。

「紫義だったら殺されそうだし、文甲は見あたらねぇし、そこらの兵じゃ弱ぇし」
「私も、あんまり強くないんですけど」
「紫義は結構評価してたぜ? "剣と剣ならば、だいぶ手強い相手でしょう"ってな」
「え、あ、はい」

緋鉛副隊長に話していたのか。なんと反応すればいいかわからず、あいまいな返事をすると、彼はつまらなそうにした。

「つまんねえ反応だな。とりあえず、ひらけたとこにでも行こう」
「却下です」
「ああ?」

うわぁ、怖い顔だ。
私はひるみかけたが、あえて強い口調で言った。

「どれだけ戦えるか確かめるにしても、もうちょっと療養してからの方が」
「ゴチャゴチャうるせえな、……ったく」

彼は面倒くさそうにガシガシと頭をかくと、大きく剣を振りかぶった。

……え?

反射的に横に跳んで初撃をかわす。
ただただ驚きあきれて、刀の柄に手をやったまま叫んだ。

「何するんですか、こんなところで!」

ここは天幕と天幕の間のようなところだ。
戦闘を繰り広げるような場ではない。

「てめーがグダグダしてんのが悪ィんだぜ!」
「オイぃぃ、むちゃくちゃですよアンタ!」

片腕を失ったばかりの怪我人に刀を向けるつもりはない。とにかく次から次へとふりかかってくる猛攻をよけつつ、人気のない場所まで移動することに全力を注いだ。

「なかなか動けんじゃねーか!」
「必死ですからねっ」

軽いやりとりの後、私が受けかけたのは今までのものより明らかに命をねらってきている斬撃。すんでのところで回避して息をのんだ。この人、これまでは全部手加減していたのか。息をもつかせない早さで再び、今度は横からすくい上げるようにして振るわれた武器。

「(……よけられない!)」

無我夢中で抜刀していた。片腕の力とは思えないほど重い衝撃が、刀から腕に伝わってくる。手が、腕が、肩が、ビリビリとふるえる。しまった、これは受け流さなければならない一撃だった。

「く……」
「やっぱ片腕じゃあ思ったようにいかねえか」

ぼそっとつぶやく声が聞こえてぞっとした。やばい、これは本気で防戦しなければ殺されかねない! そこから先は命がけの攻防だった。
こちらから仕掛けると、緋鉛は楽しそうに笑ってそれを一掃する。気がつけば私も本気で副隊長であるはずの彼に一撃でも与えようと、必死になっていた。

それでも……なんだろうか。
本物の敵と闘うときとは違う。
――楽しい。

それは前に紫義隊長と手合わせしたとき、幼なじみの啓燕と勝負したときとも違う感情だった。時間の経過も忘れ、はじめは自分が反対していたことも忘れ、ただ剣を交えた。

そんな時を止めたのは、澄んだ、強い声だった。

「そこまでです」

ぴたり、と私たちは見事なほど同時に動きを止めた。私はバッと音がつきそうな勢いで声の主を――紫義隊長を見、それからすっきりしたような顔の緋鉛副隊長に視線を移し、汗だくな自分を認識した。

「……あ」

いつの間にかノリノリだった自分を思い返し、青ざめて緋鉛副隊長をうかがったが、彼は満足そうにしていた。

「ずいぶんと楽しそうでしたね」

紫義隊長も、とがめるような言い方ではない。やりすぎた、と思っているのは私だけのようだ。何と言っていいかわからず途方に暮れていると、緋鉛副隊長がいつのまにかこちらに近づいてきていて、私の背中をばしっとはたいた。

「ありがとよ!」

そしてそのまま紫義隊長のところへ行き、二言三言の言葉交わして去っていった。しかし紫義隊長はまっすぐにこちらにむかってくる。
一体何を言われるのか予測がつかず、とりあえず身を縮こめた。
紫義隊長は私の目の前までくると足を止め、さらりと言い放った。

。そろそろあなたに動いてもらおうと思います」

突然の言葉、その内容にも、私はついていけずに目を白黒させた。

「動く? って……どのように、ですか?」
「玄武の巫女があなたと同じ年頃の娘だと言うことは、先日お話しましたね」
「はい」
「あなたには、彼女たちと仲良くなっていただきます」

私は目を見開いた。
ごくり、と唾を飲む。
彼の言葉の意味するところとは つまり。

「玄武の巫女や、七星士に取り入れ、と?」

なんとか口を動かすと、紫義隊長は満足そうにうなずいた。

「察しがよくて助かります」
「……」

いつか予測していたものが、こういう形で当たってしまうとは。もちろん仲良くなることだけが目的ではない。近づいた上で、裏切る。それが私の任務らしい。

私はまだいささか困惑していたのだが、ぐっと拳を握り、数回うなずいた。人をだますのは、正直なところ、信条に反するのだが――

「了解しました」

玻慧様には感謝している。文甲や、そしておそらく紫義や緋鉛たちのように深い忠誠心は持っていないが、啓燕を追いかけて軍に志願した私をあの方は受け入れてくれた。きっと無理だと断られるだろうと、少なくとも簡単にはいかないだろうと思っていたのに、あの方は受け入れてくれた。自分の力になるのならば、性別は関係ないと。そして戦果をあげて小隊の副隊長になったといえ、女の身でありながらそんな昇進を果たせたのも玻慧様のおかげだ。

「恩には報いないと……ですよね」

ぽつりと漏れた心のつぶやきを、紫義隊長は聞いていたらしい。

「その通りです」

そういっていつものように微笑んだ。

きっとこの先は、嵐のような日々が待っている。






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VS緋鉛(片腕)。

( 201004)