偽りの人


私は巫女たちに背を向けて、一番前を歩く。表向きは周囲へ注意を払うという名目で。その実はそのように行動することで少しでも早く彼女らの信用を得るための行いだ。同行することをよしとしてもらったものの、まだ警戒されているということは空気からも感じられる。ちなみにこれは予定通りであるので驚きはしない。

私が考えて作り上げた架空の人間である「」は、本来の自分よりももっともっと真面目で堅実な人物だ。それと同時に自らの部族を滅ぼした倶東国に仕えてじっと時を待っていたという、忍耐もあり意志の強い人間でもある。私は彼女だったらどう動くかを考えて、その通りの行動をしていた。

「巫女さま、七星士殿!」

くるりと後ろの彼女らを振り返って明るい調子で声をかける。すると虚宿はバツが悪そうにこちらをみた。きっと、私のことを信用しない方がいいとか、そんな話をしていたのだろう。私はそう感づいたが、作られた「」という人間はそんなことには気がつかない。ただ現状を巫女に報告した。

「間もなく偉布礼に到着いたします」

こんな風に演技をしていると、まるでその場にいる「」を、「私」が外から見ているような気になってくる。「」はようやく長年の心の支えだった使命をついに果たすことができ、とにかく嬉しいらしく、晴れやかな顔で笑っていた。


それから少し後、巫女たちは偉布礼の内部にいた。沢山の石が売られている通りに、行き来する沢山の人間。周りの物が珍しいらしく周りをきょろきょろと見ている巫女に、
捏造された人格の「」はお願いをするように消極的な声で話しかけた。

「巫女さま。ここから少し個人行動をしてもいいでしょうか」
「個人行動って、どうするつもりだよ?」

すると声をかけた巫女ではなく、虚宿が尋ねてくる。は微笑みながら両手をあげて見せた。

「鎧は脱いでも、流石にこの格好では倶東国の兵だとバレてしまうかもしれません。普通の服を買ってきます。あと、武器も」

そう言うと虚宿は納得したようだった。しかしその瞳にはまだに対する疑いが残っている。そんな彼の隣にいる巫女は、何か考えていたようだったが、そのうち答えにたどりついたようで、表情を明るくした。

「なら私も一緒に行くわ」
「えっ、巫女さまも?」
「邪魔になってしまうかしら」
「いえ、そんなことは全く。ただ……巫大師のもとへ向かわれるのでは?」
「巫大師はずっとこの偉布礼にいるのでしょう? なら、少しくらい寄り道したって大丈夫よ」

それから、の元に駆け寄ってきて、手を取る。私は戸惑って眉根を寄せた。虚宿は呆気にとられたように、室宿は心配そうに巫女を見ている。

「行きましょう」

そうして歩き出すと、後から虚宿が「しょうがねえな」とでも言いたげに渋々とついてきた。それにならって室宿もついてくる。
この人は私が倶東の刺客だとわかってるのか? 巫女に対して一瞬そう思ったが、わかっているはずがないことに気がついて頬をかく。まったく、なんだか調子が狂ってしまう。

買い物の最中、は彼女たちに出会ってから疑問に思っていたことを巫女に尋ねた。

「そういえば、倶東軍にいたときに耳に挟んだ情報では、巫女さまは室宿殿を仲間に加える前に既に二人の七星士をそろえていたとのことでしたが、もう一人の方はいったいどこに?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」

の問いに答えたのはやはり巫女ではなく虚宿。はどこか高圧的な虚宿に対して特に気に障った様子もなく、真剣な表情で答えた。

「気になって当然です。私は巫女を護りたい。ひいては巫女を護る星の元に生まれた七星士殿について知っておきたいのです」
「……なぁ」
「はい?」

虚宿は顔をしかめている。
しかし、どちらかというと敵意ではなく、もっとほかの感情が彼の中で旋回しているらしかった。

「もしかして、お前って、凄く真面目?」
「――確かによく言われますが」

彼はの心の内まで見透かそうとしているかのように、目を細めてを見た。で言うべきことは言ったと、それ以上は何を言うこともせずに黙っている。そうして静寂が訪れたところに、機をうかがったかのような巫女の言葉が入ってきた。

「もう一人はね、女宿っていって……今は倶東国側にいるの」

それを聞いて私は息を詰めた。倶東国側に、いるだって? 女宿とかいう玄武七星が? それはまずい、非常にまずい。もしその七星士が私を知っていたならこの作戦は失敗に終わってしまう。
私は仲間の顔を必死に思い起こしていた。あいつではない。こいつもありえない。紫義も緋鉛も違うはず。文甲は昔から一緒にいるから、絶対違う。

そこでいつか緋鉛副隊長が吐き捨てた言葉を思い出した。――"風の女"。そうだ。風で人体をも切断する七星士。虚宿も室宿も女ではなく、室宿にいたってはその時その場にいなかった。巫女本人ということも違うのなら、今この場にいない七星士、女宿はその風の女ということになる。しかし倶東国軍に女がいれば結構目立つはずなのだが……。残念ながらそれらしき人物は見たことがない。

「その人は、男性ですか?」

私が確認のために尋ねると、巫女は首をひねった。

「ええと……なんて言えばいいのかしら」
「多喜子。あいつのことはその位でいい。お前も、もう十分だろ」

巫女を制して言う虚宿。室宿は先ほどからずっとオロオロしっぱなしだ。

「あ、はい。申し訳ありません、詮索しすぎましたね。つい先日まであちらにいた側としては、どの人が七星士殿だったのかと少し気になってしまって」

は深々と頭を下げる。すると虚宿は少々後ろめたそうな顔をした。私は、彼はおそらく根はいい人なのだと思っている。敵であるかも知れないから注意深くなっているだけで。

「いや、別に、そんなにして謝んなくてもいいけどよ……」
「しかし虚宿殿」
「ん?」

いきなり顔を上げて自分を見据えるに、虚宿は少し動揺したようだった。

「私にはという名があります。お前お前と呼ぶのではなく名で呼んでいただければ分かりやすく、さらに反応しやすいです。失礼をしないためにも、名で呼んでいただければ幸いなのですが」
「あ、ああ……?」

曖昧な返事をする虚宿。すると巫女はその一連のやりとりを聞いて、くすくすと笑いだした。その意味が分からずに巫女の方をうかがう虚宿と。また、巫女はいったいどうしたのかと不安そうに彼女を見上げる室宿。傍からみれば、そこにはほのぼのとした空気が流れていた。

この調子で行けばきっと任務を遂行できる。現在のもっとも大きな問題は、倶東側にいるという七星士のことだろう。私は考えた。どうにかして紫義隊長たちにしらせなければ。だが連絡の手段を持たない今は、その七星士が私を見たことのない人物であることを祈った。


買い出しを終えると、倶東軍を出るときに失敬してきた(という設定)のお金はだいぶ減って懐が軽くなる代わりに、私の腰には二本の剣が携えられていた。これだ。この重みが、私に安心を与えてくれる。それを重々感じて、ほっと息をついたときにちょうど巫大師の居場所についた。
途中すれ違った人に巫大師は今は誰にも会えない時期だと教わったが、いざ目的地へ到着してみると、中の人たちは中に入るようにと言う。
状況をつかみきれない巫女たちだったが、とにかく巫大師に会おうと建物の中に入っていこうとした。そこでは彼女らを呼び止めた。

「あの、私は外で待っています」
「えっ……どうして?」
「私は七星士ではありませんし、まだあなたたちにとって完全に信用のできる人間ではないでしょう」

が問いかけるように言うと、虚宿が「まあな」とうなずいた。素直な人だ。が、下手に気を使われてうやむやな反応しか返ってこないよりもこちらの方がいい。

「だから私はここで待っています。無理を言ってついて行かせてもらっている立場で、あんまり図々しいまねはしたくないので」
「……わかったわ」
「私には気兼ねせずに、行ってらっしゃいませ。巫女さま」

紫義隊長たちは巫女が巫大師に会うつもりだと知っている。ならば外で待っていれば彼女らに知れずに一度話をすることができるかも知れない、と思った。巫大師と直接対面するのが少し怖かったというのもある。巫大師がどんなものかはよく知らないが、私のこともわかっているのだろうか。もしかしたら巫女たちに忠告するだろうか。私が裏切るだろうということを。
もうその時は、その時だ。
バレてしまったときは、その時できる最善の行動をとろう。この一日をかけて私はそういう結論に達していた。

しかし意外なことに、一時間もたたない内に巫大師は人を通じて、外で巫女の帰りを待っていた私に声をかけてきた。「あなたも中に入るように」と。そのことを聞いた私は緊張で脈が速くなるのを感じた。これは巫大師が私についてぜんぜんわかっていないか、わかった上で何かしたいのかのどちらかだ。
だが人に導かれて少しだけ向かい合った巫大師の少女は、私に笑いかけた。彼女の一言に、私は衝撃を受けた。

「きっと巫女を護って下さいね」

そして私が巫大師のいる部屋から別のところへと手を引かれる最中、「今は」という彼女の小さな声が聞こえた気がした。


++


そこから少し離れたところを、三人の男が歩いていた。七星士討伐隊の幹部である紫義、緋鉛、そして部下の文甲だ。彼らの間に会話はほとんどなかったのだが、紫義は突然文甲に声をかけた。

「文甲」
「はっ」
はどうだと思いますか」

文甲は出ていく直前のの様子を思い出す。自分に忠告されてどこか心外そうにしていた彼女。今頃巫女たちと行動を共にしているはずだ。彼は少し考えをまとめてから、紫義の質問に答えた。

「あいつは仕事に関してはそれなりに真面目なので、努力は惜しまないと思いますよ」
「情を移すようなことはありえますか?」

次にきたこの質問が本題だな、と文甲は思う。が巫女たちに情を移す。それは、文甲がもっともおそれていることだった。は仕事には真面目なきらいがあるのだが、だからといって倶東国や皇太子玻慧に特に深い気持ちを持っているわけではない。だから、もし巫女たちとふれあい、うっかり彼らがにとって大切な存在になってしまったとしたら。そうなればきっと、は倶東国を裏切ってしまうだろう。
文甲は胸の内の考えをすべて吐露することはしなかったが、嘘もつかなかった。

「……それが、実はちょっと不安なんですよね。あいつ、冷徹になりきれないところがありますから」
「確かに甘ぇとこがありそうだな」

今まで黙っていた緋鉛が口を挟む。

「あ、わかりますか?」
「なんとなくだけどよ」
「まあ、もしあいつに気の迷いが生じるようでしたら、元直属上司の俺がなんとかしますよ」

そう。もしそんな事態になれば、自分がを元の道に引き戻さなければならない。
文甲はとっくにに情を移していた。





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( 201004 )