さて、事情説明をしようか。
"今、私は無知に等しい" 事情、それはこの言葉に尽きる。

わかるのは私は生きていない、所謂「お化け」と呼ばれるものの類であることだけだ。私は死んでいる。だが、その理由はわからない。また、どうして自分がここにいるのかもわからなかった。

「私は一体全体どうするべきなのかな?」

私の姿は人の目に映らず、声は人の耳に入らない。問いをかけても答えは返って来ない。人の零距離で「おーい」と叫んでもその人は私に見向きもしない。どんなに大きく手を振っても、だれも目線をこちらにやることはない。しかし、この状態になってからしばらくしてやっとわかったことだが、触れようと思えば生物以外には触れることは出来た。まあ、当然生きているものに触れることはかなわないのだけど。



そういえば、初めこそ誰かに気付いてもらおうと必死だった。人の前で物を動かして存在をアピールしようとしたが、それは気味悪がられるだけで、私という見えないなにかの存在を受け入れてくれる人はいなかったんだっけ。

その内私は解ってくる。自分はもう誰にも見てもらえないんだと。誰とも話すことは出来ないんだと。それを悟った時は苦しくて悲しくて寂しくて死にそうだった。(いや、もう死んでるんだけど)

悟ったその日、誰にも見えないのをいいことに、私は外で盛大に泣いた。白昼堂々人通りの多い道を涙は勿論鼻水までもを垂らして歩いたが、不可解な目で見てくる人はやっぱりいなかった。どんなに水分を浪費しまくっても喉が渇かなくて、やっぱり私は死んでるんだ、と、また泣いた。



そうそう、涙も枯れはてた頃、ついに私は狂い始めたんだ。いや、どちらかというと酔っ払っているかのような状態になった、というほうが正しいかもしれない。いきなり大笑いしてみたり、そうかと思えば泣き出してみたり、一人で怒ってみたり。二人の人間の会話に紛れ込んで相槌を打ったり馬鹿にしたり、踊ってみたり道路で寝てみたり。はたから見えていたらかなり奇妙だったと思う。それでも、もうそれ位しかすることはなかったのだ。

なんで私はここにいるんだろう。死んだなら、成仏すればいいのに。なにか未練があるからだったとしても、その未練がわからないんじゃ話にならない。

やがて酔っ払いになることにも悲しむことにも飽きて荒みきった私は、悪霊と化した。いやいや、悪霊といっても可愛いものだよ。人の物を気まぐれで盗んでみたり、与えてみたり、頭上で水をひっくり返してみたり完成間近のジグゾーパズルをぐちゃぐちゃにしてやったりRPGのボス戦直前のデータを消してやったりという、悪戯程度のことしかしていなかったが、まあ悪い霊には違いない。

かくかくしかじか。私はそういう感じな幽霊だった。



★ ★ ★



私にビックバンが起こった日も、私はいつも通り「見えないこと」を利用して悪戯を繰り返していた。ビックバン、前代未聞の大異変が起こったのは、ちょうど私がレストランで食事をしていた父親のヅラをとってその娘を泣かせ、かなり満足していた時だ。

ばっちりと、視線が合った。

窓越しに。レストランの外にある道を歩いていくその人は、確かに私のことを見ていた。当たり前だが最初はその人が私を見ていると本気で思ったわけではなかった。人と目があったかのような錯覚は時々あることだったから。それでもなんとなく希望を捨てきれず、私は窓をすり抜けてその人の後を追った。

「まさか、見えてるわけないよね」

その人に聞こえると思われるくらいの音量で話したつもりだったが、実際のところはわからない。何せ生前の記憶がない私は、人と話したときの感覚すら忘れていたのだから。それでも私は必死だった。なるべく大きな声を上げる。

「どうせ勘違いだよ。だって私が見える人なんていないから」

その人は長い髪を揺らして歩いている。やはり私の声に反応する気配はない。やっぱりかと溜息をついて、一瞬だけでも期待を持ってしまった自分に腹を立てた。

「なんなんだよ本当にもう……幽霊が見える霊能者なんて嘘っぱちだよ!今売れてるあのジョバンヌっていう霊能者も訪ねてみたけど、あの人も私のこと見えなかったんだよ、信じられる!?」
「そうなんだ」

は?

まず目が点になって、次に心臓が口から出そうになった。今、このひとは私の言葉に相槌を打ったのだろうか。目を凝らしても、彼の周りには誰もいないし、電話をしていたということもない。

「ま、まさかー、そんなわけないよね、聞こえるわけないって。でも一応試してみよう。あ、あのー、もしかして聞こえる? 実は聞こえちゃってます?」
「……馬鹿にしてるの?」

それはまるで、至極当然のことのように。
それはまるで、世界の決まりごとのように。
それはまるで、支えを失った物が地に落ちるように。
それはまるで、AからB、そしてCへと移るかのように。

その人は私に言葉を返した。

頭を鋼鉄製のハリセンで思いっきり叩かれたかのような衝撃が私を襲った。(ぶっちゃけ鋼鉄製のハリセンで殴られたことはないけど、多分このくらいの衝撃だと思う。)口をあんぐりとあける。心臓が飛び出してきそうなほどに激しく脈打っている。汗が滲んで、息が上手く出来なかった。

「ま、ままままさか。そんな……」

呟いて私は歩き続けるその人を追い越し、目の前に回った。それでもその人は歩を止めないから、自然と私も後ろ歩きをする形になる。その状態のまま私は尋ねた。というか叫んだ。

「あの、見えるんですか、私が!!」
「だから馬鹿にしてるの?」
「いや、そそっそそんなこ、とないっすけ、ど」

興奮のあまり呂律が回らなかった。息も切れてきてしまっている。

現実感が伴わないが、それでもあの人は確かに私の言葉に応えた。それが指し示すことは、つまり、この人には私の声が聞こえているんだ! ということだ。それに私の姿が見えている。見えてるし、聞こえてる。

感極まって足を止めると、その人は私を追い越してさっさと先に進んでいってしまった。残された私は、涙ぐみながらその背を見つめる。

きっと生前の私もこのときほど感動したことはなかったに違いない。

荒んでおかしくなっていた私の心は一気に平常へと引き戻された。服の袖で涙を拭い、慌てて名前も知らないあの人の後を追った。





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