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長い髪をなびかせながらすたすたとわき目もふらずに歩いていくその人に、ついていくのが精一杯だ。何て話しかければいいんだろう。わからない。だから俯いて、一定の距離を保って後ろについていくだけだ。 今私は、嬉しいんだか恐ろしいんだか、驚いているんだか泣きたいんだかよくわからない気持ちだった。そんな自分と違って、迷うことなく目的地にむかってずんずん進んでいっている彼が少し羨ましい。しかし、いつまでもぐずぐずとしているわけにはいかない。何か言おうとして口を開きかけ――しかし言葉が見つからずにまた口を閉じる。それを何度も繰り返したところで、彼が不意に立ち止まった。それに気付かずに進んでいた私は、彼を通り抜けてしまった。 「……冷たい」 「うわ、ごめんなさい!」 今までの経験によると、どうやら、霊体である私の体を人間をすりぬけると妙な寒気がその人を襲うらしいのだ。今回も例外ではなく、少し身を震わせた彼。私は慌てて謝りつつその人の顔をうかがった。 はっきりとした顔立ちの人だった。顔のパーツで一番目立っているのは、大きな目。何故だか、瞬きをしているところが想像しにくい。 「なんでついてくるの?」 「……っと、その」 いきなり核心をついてきた問いに息が詰まる。私がこたえられずにいると、彼は「質問を変えるよ」、と再び声を発した。 「君は何?」 「何、って」 「さっきオレの体をすり抜けてたよね。いや、オレが君をすり抜けていたって言う方が正しいか」 「それは――」 「あと、君の姿はオレにしか見えていないみたいだし」 そうだ。彼は私に話しかけているのだけれど、私の姿が見えない町の人たちには、彼が誰もいない場所に話しかけているように見えているのだ。道を行く人々が彼を不審気な目で見つめているが、そんなことはお構いなしな様子。図太い人だな、と私は些か感心した。 「私は、その……幽霊ですっていったら怒りますか?」 「幽霊が何でオレについてくるの?」 「は?」 そんな、幽霊だって打ち明けたのにノーリアクション? 普通に話を進めたりして、なんだこの人。もうちょっと驚いてくれればいいのに。いや、別にいいんだけどね……。 「だって、あなたは私が見えるみたいだから」 「それで?」 「それでって、それだけだけど」 「見えるからってだけでついてきたの?」 そんなくだらない理由で、とでもいいたげな様子に私はカチンときた。誰にも見えない、誰とも話せない幽霊にとっては自分の存在を認識してくれるってこと自体に大きな大きな、それこそ世界最大の山より大きな意味があるんだよ! 私はイライラしながら憮然と答えた。 「私にとっては大きな理由です」 「あ、そう」 「あ、そう」って! 全てを否定された気がしてむかむかしたが、「この人は重要な人、この人はとっても重要な人」と心の中で繰り返して落ち着きを取り戻す。 「で、これからもついてくるの?」 「その予定だけど」 あまりそりが合わなさそうな人ではあるけど、贅沢は言えない。ここ数年、人に無視され続ける毎日は、本当に辛いものだった。孤独だった。でも、この人とはこうして言葉を交わすことが出来る。目を合わせることも出来る。もうこの人は私にとって、「重要人物」の域じゃない。それよりももっともっと重要で、所謂唯一無二の存在なのだ。 「めんどうだなあ……針じゃ殺せないみたいだし、念も効かないし」 「は?」 「こっちの話」 それだけ言ってその人は背を向けた。再び歩き始めたので、慌てて後を追いかける。 「あのー、ちなみにお名前は?」 「……」 無視された。 「ち、ちなみに私は、自分の名前覚えてないんですけど」 「……幽霊には記憶がないの?」 「他の幽霊に知り合いがいないのでわかりませんけど、私にはありません。だから浮遊してるんだと思います」 「ふーん」 また気のない返事。 もしかしたらこれがデフォなのかな、なんて思い始めた。そうであってもおかしくはない気がする。 「この世を浮遊してるってことは未練があると思うんですけど、記憶がないからそれもわからなくって。むしろ記憶がないこと自体が未練なのかも、なんて思ったりもして」 「まあオレには関係ないけどね」 「……」 ……変わった人だ、なんか。幽霊だって打ち明けても驚かなかったし、普通に受け入れてるし。興味もない様子で寧ろ関与したくないとばかりな態度だし。普通ちょっとはビビるとか、好奇心いっぱいになるとか、ねえ。あってもいいんじゃないの? それともそんな私の感覚が間違っているのだろうか。うーん。わからん。 「あの、ついていっていいんですか? っていうか寧ろ憑いていいんですか?」 「ついて」と「憑いて」の微妙なニュアンスの変化を感じ取ったのだろう、彼はこう言った。 「前者は好きにすれば。どうせオレが嫌だって言ってもついてくるんだろうし。でも後者は駄目」 私が「憑く」のも彼に防ぐことはできないんじゃ? そうは思ったが、ついていくことを嫌と言わなかったことに感謝して、憑くことはやめておくことにした。っていうか実際、憑くってどうやるかわからないんだけどね。ついていくのと大差ない気もする。とりあえず、 「崇りはしないから大丈夫だよ!」 「何が大丈夫なのかさっぱりわからない」 彼はうんざりするように一度溜息をついた。そこから先はしばらく、私が何を言っても反応してくれなかった。 back next
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