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なんじゃこりゃ、と私は口 を動かした。しかし声は出てこない。というか、出せない。それほどに目の前の状況に度肝を抜かれてしまっていたのだ。実際に目にしているものが信じられない、信じたくない。無駄だと分かっていても、自分の目を疑ってしまう。自分が間違っていることを切に願う。これ、嘘だよね? しかしなんど自分の記憶に問いかけても、なんど目に「正常になれ!」と念じてみても、何も変わらなかった。つまり、これは現実だということだ。 ――え、なにこれちょっと。怖い。 ちゃんと立っていたいという意に反して足がガタガタと震え、私は床にへたりこんでしまった。今、初めて、自分が幽霊であることに感謝したかもしれない。だって生身の肉体持ちだったら今頃泡吹いて倒れていたから。 彼……私を見ることが出来る唯一の人は、腰を抜かした私を視界に入れ、意外そうに呟いた。 「あれ、怖がってるの? 幽霊なのに」 そりゃあんた、幽霊だってビビりますよ。どいつもこいつもが次々に人を呪い殺すような怨念の塊なわけじゃないですよ ? 私みたいな、なまの殺人シーンなんて見たことのない、可愛い悪戯しかしない割りと無害なお化けだって沢山いるんだからね! 多分! 全力でそう抗議したかったが、出来なかった。まだ私の声帯は震えてくれないのだ。だから代わりに、必死になって表情で訴えかけたのだが。うまく伝わらなかったらしい。というかわかろうともしてくれなかったようで、彼は 私に一瞥もくれずにさっさと異常な空間と化したこの部屋から引き上げてしまった。 もう物を言えなくなってしまった、綺麗な死体を五体ほどを残して。 ちなみに「綺麗」というのは、血がまったく出ていないと言うことだ。私は、一部始終を――殺しの一部始終を、という意味だけれど――見ていたのだが、それはそれは、素人目でみても 「見事」の一言な手さばきだった。もし私が殺された側の人間だったとしたら、まず自分が死んだことに気付けないと思う。ついでに、生きている人間がこの死体を見ても、幾本もの針が刺さっている後頭部さえ視界に入れなければ、すぐには異常に気がつけないだろうとも思う。 とにかく言いたいのは、彼の殺人はめちゃくちゃ手馴れていたってことだ。ためらいもないし、表情の変化もなかった。これで分かったのは彼はやばい奴だということ。それも超ウルトラハイパースーパーマックスやばい奴。正直、お近づきにはなりたくない……生前の人間だったなら。 生憎私は既に死んでいるのである。仕方がないんだ。だってあの人以外に私を認識できる人はいないのだから。 気が引ける面はあることにはあったが、私はふわりと浮かんであの男を追った。(腰は抜けていて、足が使い物にならない。) 「なんだ、結局ついてきたのか。怯えてオレに近寄れないんじゃないかと思ったのに」 奴はまた姿を現した私を見て開口一番にそう言った。私は何も返さずに、けれど心なしか距離を開けて、彼の後を追うように浮遊する。 ――しかしアレだ。この口ぶり、まさかこの人は私をビビらせて追い払うためにわざと殺人現場を見せたんじゃないだろうな。いや、まさかね。まさか。 「浮けるんだね」 「……幽霊だし」 「そっか」 ようやく声を出すことに成功した。しかしまだいつもの調子は取り戻せそうにない。苦し紛れに、何とか言葉を続ける。 「さっきの、アレって、なに?」 「仕事」 「ええ?」 ビックリすると同時に、なんだかふかーく納得してしまった。そうか、アレが仕事か。つまりこの人は殺し屋、ヒットマンなわけだ。殺し屋っていったらハードボイルドでグラサンでマグナムなイメージがあったけれど、あくまでイメージだったらしい。こんな青年が殺し屋なんて。結構スマートだし、「殺し屋=オジサン」思考だっただけにギャップが激しい。 なんにせよ、ほんのちょこっとだけ安心したよね? と私は自分に尋ねかけた。だって、もしも「ああ、あれはね、ちょっとした趣味さ」なんて答えが返ってきていたらと思うとゾッとする じゃないか。仕事ならいいなんてことは絶対いえないけれど、やっぱりめちゃくちゃ恐ろしいことに変わりはないけれど、快楽殺人者より殺し屋の方が、まだいいだろう――自分が本当にそう思っているのかは分からないが、 とにかくそう言い聞かせていた。 果たして、人殺しというものはどの位酷い行為だっただろう。 ――そもそも、人の命ってどの位重いんだっけ? 私はもう命を失くしてから大分たった。そのせいか、段々分からなくなってくる。それでも唯一つ言えるのは、生きているっていうことは、誰かに自分の存在を認めてもらえることは、物凄く素晴らしいっていうことだけで……。 思考が、このままではとんでもない方向に向かっていきそうだ。それに、頭が痛い。私は一旦考えることをやめた。 ああ疲れた。やっぱり私の頭はあまりモノを考えるのに向いていないみたいだ。気分を明るくしようと、私はパッと頭に浮かんだことを口走った。 「殺し屋ってもうかるの?」 最悪だ。言ってすぐあとに後悔した。不謹慎すぎる。 だが自責の念にさいなまれる私を、彼は完全にスルーした。答える気はないらしい。 そのまま彼は何も言わず、ひたすら同じペースで歩き続けた。また、反省した私も軽はずみなことを言わないようにしばらくだんまりを決めて、浮き続けた。 彼がやっと足を止めたのは、とあるドでかい山の前。そこには同じくドでかい門があった。私はポカーンと間抜けに口を開けたまま、それらを見上げた。 「……ここは?」 彼は返事をせず、無言で門に手をついた。力を込めたのだろう、岩と地面が擦れる、重々しい音が響く。その音は私の(実際役に立っていない)胃にも響いてきた。ここで私は浮遊をやめ、地に降り立った。すこし、大地が震えていた。大きく門が開ききると、彼はスタスタと中に足を踏み込んでいく。 門の中は、山だ。ずーっと木が並んでいて、それらに挟まるように、一本だけ人の手によって整備されているらしい道があった。ひたすらそこを歩いて、しばらく。どうやら彼はここの偉い人らしいということが分かった。たまに見かける使用人らしき人が仰々しく彼に頭を下げるからだ。私に向けてしているわけではないのだが、彼のすぐ後ろを歩く者としてなんだか居心地が悪く、ついお辞儀し返してしまう。 やっとのことで家らしきところに着いた、殺し屋のアジトにしてはかなり、いやぶっとんで豪華なところだ。というか、むしろ、殺し屋だったらもっとひっそりしているべきなんじゃないかな……。 家に入るとすぐ、ドレスを着た女性が彼を出迎えた。 「お帰りなさい、イルミ。お夕飯は?」 「ただいま。ご飯は要らないよ」 「わかったわ」 それだけのやりとりをして、彼はまたズンズン歩を進めていく。 「イ、イルミっていうんだ。可愛い名前だね」 本当に可愛い名前だ、このとんでもない人の名前にしては。ちょっと笑いそうになりながら言うと、なにかが私の後ろに位置していた壁に突き刺さった。ピキッと動きを止めてしまう。 「……!!?」 「ちょっとむかついたから」 針だ。 なんという事だ、この人は私に向かって針を投げたのだ! 私は先に見た殺人の現場をありありと思い出し、また腰が抜けた。 針は霊体の私には刺さらないとわかっているし、多分イルミもそう予想していたのだろうけど……怖すぎやしませんか! なるべく余計なことは言わないようにしよう、と私は心に決めたのだった。 back next
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