は読書家だというだけあって、博識だった。そして話の面白い人間でもある。
彼女の名を知ったあの日から、クロロは彼女としばしば言葉を交わすようになった。
「うちは、古本屋って言うより立ち読み部屋って呼んだほうが正しい位だと思ってますから」と、彼女は言う。
「あなたが盗っていっていた本たちは、たまにここに迷い込んでくる人たちが立ち読むような本じゃなかったですし。まあ、難しい、一つ例をあげるとすればマニアックな専門書とか」
「迷い込む人なんているんだ」
「あなたもその一人でしょう?」
「はは、そういえばそうだったね」
わざとらしく笑い声をあげるクロロには一瞥もくれないまま、は続けた。
「とにかく、そういうのはこれからも持っていってしまって構いません。一般受けしそうな本はちょっと困りますけど」
あなたの自由です、という言葉を取り消すつもりは皆目ないようだ。クロロにとっては願ったり叶ったりである。別に、彼にとっては許可をもらおうがもらうまいが欲しいと思った本は盗るまでなのだが。
「一般受けしそうな本って、そんなもの置いてあったっけ」
「……ありませんでしたか?」
「オレが見回ってる限りでは」
の目線が本からクロロに転じ、次いで店の奥の方へ飛んでいった。
「そういえば、なかったような気も……します」
「だよね」
さらっと肯定したクロロを、は一瞬だけじと目で見る。
すぐさま視線を手元の文庫本に戻して、言った。
「もしあったとしたら、それは盗らないで下さい」
「どうかな。気に入ったら、持って行くかも」
「――じゃあ、どうぞ」
結局、なんの本を盗られてもいいのか?
そんなふうに思ったクロロの心を先読みしたのか、はとってつけたように口を開いた。
「わたしが読んでない本だけは、盗るのは待ってください。ちなみにこのカウンターの中にあるのは全部そうです」
「カウンター……」
クロロの目に、それらしきものは見当たらない。
は左手の人差し指を立て、じぶんを囲うように大きく動かしながら言った。
「ここら辺にあるんです。一応」
「へぇ……ちなみに、いま君が読んでるのはなんの本?」
はちらりとクロロを見た後、読んでいる本の表紙が彼に見えるように持ち替えた。“詐欺師のエデン”そんな題名がでかでかと自己主張をしている。
「それ、面白い?」
「まあまあですよ?」
その言葉には、あまり気持ちがこもっていないように聞こえた。
「君ってさ」
「なんですか」
「”それ面白い?”って聞かれると面白くてもそうでなくてもとりあえず”まあまあ”って答えるタイプだろ」
その言葉を受けて、は目を丸くした。
軽く首をかしげて問う。
「なんでわかったんですか?」
「なんとなくね」
「なんとなく……」
クロロのことばを復唱する。
そしてなにか考えごとをしていたようだったが、急に思い当たったように声を上げた。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでした」
なんでいきなりそっちに話題がとぶのか。
そんな突拍子もない質問がくるとは、クロロも予想だにしていなかった。
「あなたの名前、教えていただいてもよろしいですか?」
丁寧に言い直す。こういう礼儀だけは正しいのだが、行動を予測できない人物だ。クロロは少し考える。
ここで本名を馬鹿正直に告げてしまっても、面白くない。
「――オレは、ルシル」
「ルシルさんですか。回文ですね」
はくっくと笑い始める。どこが笑いどころだったのか、さっぱりわからない。
もしかしたら彼女は自分の仲間たちにも負けないくらいに個性的なんじゃないかと、クロロは薄々感じていた。