あっけなく、次々と、人の命が奪われてゆく。
彼らが手に掛ける一般人のほとんどは何が起こったのかわからないままに死んでいった。
「団長」
「……ああ」
団長、と呼ばれる男は一見穏やかだと見て取れる表情を浮かべる。黒髪をオールバックにした、若い男。額にある「十字」が謎めいた存在感をかもし出している。
そこはある古本屋とはまったく逆の位置にある美術館だった。3人の仲間たちの中心にいる、団長と呼ばれる男――クロロは、低い声で言った。
「シャル、ノブナガ、マチ ご苦労だった」
「あれ、団長もう帰るの?」
「少し寄りたいところがある」
そっか、と頷きながらもシャルナークは首を傾げる。
しかし詮索はしない。
クロロの姿が消えたところで、ようやく疑問を呟く。
「最近団長、どこに通ってるのかな?」
「さあ」
マチは僅かに肩をすくめる。
それに対して、ぽりぽりと頬をかきながらノブナガが一言。
「団長も男だからな、もしかしたら、えーっとなんて言うんだっけか? キャバ……」
「それはない」
二人の声が重なった。
「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。ほんの冗談だって」
「――とりあえず、ここにあるお宝をアジトへ持っていこうか」
「そうだね」
それにしても、キャバクラに通うクロロはホラーだ。
シャルナークは一瞬想像して、身を震わせた。
カタン、と微かな音が聞こえた気がして、は顔を上げた。
「あ、いらっしゃいませルシルさん」
少しひょうしぬけた声であるが、それは当然の事だった。今の時刻は、深夜。こんな時間に人が、しかもクロロが現れるなんて思ってもいなかったのだ。
「こんばんは」
クロロは落ち着いた声色で挨拶をした。
「はい。こんばんは」
「こんな夜遅くまでやっているのか」
「ちゃんとした営業時間は決まっていないんです。そろそろ寝ようかとも思ってたんですけど、あともう少しでこの本を読み終えられるから」
クロロは彼女の手にある本を見た。「その本は?」と尋ねると、「スバラシキコノセカイという題名です」と返ってきた。
の目が、クロロの額を見ている。団長としてのヘアースタイル、すなわちオールバックはもう崩されていたものの、いつも額に巻いていた包帯はなかった。
怪我じゃなかったのか、とは思った。
「十字架……ですか」
深夜というのは不思議な時間帯だ。昼間と違って、周りが不気味なほど静かに思える。自分の声がどこまでも広く響いていく気がして、は少し声量を抑えた。
「それって、ファッションですか? それとも……」
「宗教的な意味合いだと言ったら?」
「それもそれでアリだと思います」
はなにがおかしいのか、くすりと笑む。
「でもちょっと、いやかなり意外かも知れません」
「はなにか宗教に入っているのか?」
「私はどちらかというと無神論者です」
「だろうな。そうだと思った」
おや、とは気付いた。クロロの口調がいつもと違うことに。
夜は人を狂わせる、とよく耳にする。その現象の一例だろうか。
「本、読んでいきますか? 私は一向に構いませんが」
「いや、今夜はやめておく」
「たぶんそうだろうなと思ってました」
はうすく顔をほころばせ、そして目を手元の本に落とした。その姿にクロロは背を向ける。彼はドアノブに手を添えたところで、動きを止めた。
「――」
「はい?」
「なにか、気付くことはあったか」
「いえ、特には。強いて言うなら、ルシルさんの口調がいつもと違うことでしょうか」
「そうか。ならいい」
やはり今夜のクロロは、いつもとどこか違う。彼が去ったあとも、はなんとなく読書に集中できなかった。片や店をでて深夜の空気にじかに触れたクロロは、ゆっくりと目を細めた。は予想通り、血のにおいを嗅ぎ付けることはなかった。
彼女は本当に、「一般人」なのだ。
クロロがどんな人間か知らないからこその対応をしたを思い返して、なんとなく笑いがこみ上げた。
あいつはオレのことをそこらへんの盗人位にしか思っていない。
しかし、団長としてのオレを知っても変わらないのではないか?
その考えには、もしかしたら、自身の願望も入っていたのかもしれない。気がつかないふりをしたまま、クロロは夜更けの闇に消えていった。