はル、といいかけて口を閉じた。やはり習慣はなかなか抜けないものだと実感する。少し間が空いてしまったが、二回目はちゃんと言う事ができた。
「クロロさん、こんにちは」
「こんにちは」
冷たさを含んだ声色だった昨日と違って、穏やかな声だ。たった一瞬だけ、この前の件はなかったことにされるのかとも思った。しかし違う。このあとの言葉は明らかに今までとは違い、は気落ちした。
「……昨日の死体は?」
なんでもないことのように軽い調子で言うクロロ。実際、彼にとってはなんでもないことなのかもしれない。しかし彼女のような一般人にとっては違うのだ。
「警察呼ぶのも面倒だったので、じぶんで始末しました。率直に言うと、まあ、埋めたわけです」
どこか押し殺したような声だった。
「面倒だったので」というのは半分真実で、半分が虚偽だろう。
いつも通りに見えるをよく見てみると、ところどころがいつもと違う事がわかった。第一にまだ顔色が悪いことが挙げられる。口に物を入れられなかったことも予測できる。眠れもしなかったようで、目元にうっすらとくまができていた。
「ごめん、と言うべきかな」
「本当ですよ、もう。あのあと残された私がどれだけ思い悩んだことか」
彼女は普段よりも攻撃的な視線を向けてきたが、直ぐにそれをやめた。「と、そういえば言い忘れていました」は思い出したようにいう。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「――どういたしまして」
「クロロさんが来てくれなかったらと思うと怖くなります。あの時は抵抗しなければ大丈夫かな、なんて思ってましたけどそんなわけありませんもんね」
これまで接してきたなかで、確かにそんな気はしていたが、案の定随分と楽観的な女だ。クロロは薄く笑む。
「そうだね。オレが来なかったら今埋まってるのは君の方だったと思う」
「おーいクロロさーん、それ洒落になんないです」
話してる内容さえ、そしての体調さえ通常だったなら、まるで普段どおりの空気だった。しかし、そう感じているのはクロロだけのようだ。
「あー、気持ち悪い。なんか、だめです。今この店にいるのは」
はすくっと立ち上がる。
そしてクロロの後方にあるとびらを指差して、言った。
「外、行きませんか?」
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「人と一緒に外を歩くなんて久しぶりです」
「そっか」
それはクロロにとっても同じ事だった。
勿論旅団の同胞を抜いて、だが。
「そういえば、口調戻ってますね」
は耳障りにいい声でくすくすと笑う。
店と店の間、のらねこたちの通り道のようなところをずんずん進んでいくの足取りに迷いはない。どうやら彼女には目的地があって、そこに向かっているらしい。
たまに談笑して、大体は黙って歩き続ける。
しばらくすると開けた場所に出た。
「ここ、空がよく見えますよね。だから夜はたくさんの星がみられるんです」
皆が意外と知らない場所なんです、とは微笑む。一面を除いて古びた建物の裏に囲まれたその場所には、目に付くものがほとんど無かった。
そう言われてみれば、空がとても広く見える。ひどく閑散としていたが、逆にそれがいい。まるであの古本屋とは正反対だ。
「秘密の場所ってやつ? 君、意外とロマンチストなところあるんだね」
いやいや。とは笑いながら首を横に振った。
「私は全然来ませんよ。星や空を見るのが好きってわけでもないですし」
「あ、やっぱり? 違和感あるなーって思ってた」
「ちょっと引っかかりますが気にしないことにします」
は空間の真ん中の方へと足を運び、しゃがみこんだ。
クロロがそれに倣うと、彼女は少し驚いたようだったが、気に入った様子で親指を立てた。いっときの間、沈黙が落ちる。
「それで」となんの前触れもなく口火を切ったの表情は深刻だった。
「それで、あなたの中で私はどうなる予定なんですか?」
「……というと?」
「あなたは今日、何かを心に決めてここにきた、と思うんです」
「それは、なんとなくか?」
「いえ。今回は確信しています」
今までにない切り替えしだ。
の真剣な、緊張を含んだまなざしはまっすぐと彼を向いていた。
「――ご名答」
昨晩 彼は彼なりに、少し考えをめぐらせたのだ。そしてどうやら自分はいつの間にか、この女とこの店に、随分と執心していたらしい。と気付いた。このままでは、あの店は――は。自分の弱点になってしまう。その前に。
「やっぱり」
は諦めたように笑う。
なるほど。表情は変えなかったが、クロロは納得した。は死に場所にここを選んだ、ということか。あの古本屋ではなく。
「クロロさん。あなたは不思議な人です」
「なんだ、急に」
「いえ、そう思ったので、言わずにはいれませんでした。きのう、死体を埋めながら色々と考えたんです」
はクロロから目を逸らし、代わりにじっと地面を見つめた。
一言一言を紡ぐ姿は、なぜだか強いものに見えた。
「いつのまにか、楽しみにしていました。あなたの訪問を。たぶん、きっと私達は気が合うんですよね。話も合うし、なんというか、空気も合ってた気がしました。そう思ってるの、私だけかもしれないですけど」
そんなことはない。
自分だって大分昔にそんなことを思っていた。
「いや。オレもそう思ってたよ」
「そうですか。うれしいです」
本当に嬉しそうに笑うを見て、クロロはいつの間にか表情を緩めている自分に気付いた。
さあ、別れの時間だ。
彼は「念」を発動し、スキルハンターを取り出す。
「さよなら。。楽しかった」
「え?」
腕を強い力でぐい、と引っ張られて、しゃがみこんだ体制を崩す。何が何だかわからずにうろたえていると、手の甲に柔らかい感触がした。
「……?」
手の甲へのキスは、尊敬を表す。となにかで読んだ。意図がつかめなくて彼を見返そうとしたが、急激に体が重くなり、それは出来ずに終わった。
しかしは意識を失う直前に、確かに見た気がした。
自分を包む眩しい光の滝と……どことなく優しい漆黒の双眸。