混沌の二文字がよく似合う場所だ。
右を見ても左を見ても、本、本、本。
相変わらず、この空間は整頓と言う言葉を知らない。
文字通り「本の山」がいたるところに出来上がっている。
その中に埋まるようにして、一人の女が書物に目を通していた。
「……いらっしゃいませー」
「ああ、どうも」
返事が帰って来たことに驚いたのか、それとも記憶の奥底に眠るはずのその声に心の奥底で聞き覚えを感じたのか。は本から目を外し、顔を上げた。
そこには、見ているだけで吸い込まてしまいそうな黒い髪と黒い目をもつ青年が一人。
額には怪我をしたのか、包帯が巻かれている。
「ここ一年の間に増えた本で、オレが好きそうな本、ある?」
「えっと」
は返答に困る。初めて現れた客の好みなど知るわけもない。
――しかし。
「……?」
なんとなく、この青年の好きそうな書物に心当たりがあった。
ふらふらと、半ば無意識に狭い店の中をまわって、適当に見える手つきで本をかき集める。
「はい、どうぞ。勘……ですけど」
「どうも」
青年はそれらの本を軽く確認して、頷いた。
「お金払うよ。いくら?」
「へ?」
はものすごい違和感を感じてすっとんきょうな声を出した。
なんだか、気持ちが悪い。
この青年が「お金を払う」という当たり前の言葉を口にしただけなのに、妙に気持ちが悪いのだ。は首を横に振った。
「お金、いりません」
「どうして?」
「あなたがお金を払うって、……なんか違和感がある気がするので」
「あはは」
青年は爽やかに笑った。
「じゃあ、ありがたくもらっていくよ。じゃあね」
店から半身を出した後、あ、と青年は何か思い出したように立ち止まってに告げた。
「今夜はこの店から出ないほうがいい。今度こそさよなら」
ぱたん、と軽い音を立てて扉は閉まる。
一人残されたはなんともいえない変な気持ちに首を傾げた。
その翌日。夜中に幻影旅団が古本屋の近くにあった博物館を襲ったという記事が、新聞にでかでかと掲載された。
混沌たる古本屋にて
<了>