03. その男、要注意人物◆

不意に溢れでた禍々しい殺気。

それは一瞬でおさめられたが、を慌てさせるには十分すぎる量と時間だった。
もともと会場はそれなりに殺気立っていたが、先程のものはそれらを軽く越えてしまう位の嫌な殺気だったのだ。
閉じていた目を開けて、急きつつも周囲を見渡すと、直ぐに根源は確認できた。
両頬にペイントを施した、道化師のような風体の男。胸のプレートには44と書かれている。
その男の前には両腕を切り落とされたひとが一人、膝をついて叫び声を上げていた。

「(あれは……)」

は嫌悪と恐怖に表情をゆがめた。あいつだ。44番。あいつは危ない。
意識の中で、本能が大きく警鐘を鳴らしていた。奴は危ない。

「気をつけようね。人にぶつかったら謝らなきゃ◆」

彼の言っていることは確かに正しい。しかし、それにしては報復があまりにも残虐すぎやしないか。
は息を飲んだ。44番は手に持っているトランプで、男の腕を切断したらしい。
凝をしてトランプをみると、オーラがそれを包んでいるのがわかった。

「(念の使い手……!)」

そうなると、相乗してかなり危ない。もしも44番が念を知らなければ既にそれを習得しているの方が有利だった。
例え生身で44番の方が強かったとしても。念というのはそういうものだ。

しかし44番は念の使い手であり、しかも、周を使っているところからしてと同じく「習得済み」の人間なのだろう。

拳を固める。
掌に滲んでいる汗が気持ち悪かった。
食い入るように44番を見つめていた、その時。

「!」

何の前触れもなく、それがあたかも自然なことのように、例の44番がの方を見た。
彼女は目を見開いたまま固まる。まるで、蛇に睨まれている蛙になった気分だ。
呼吸をする際に、ひゅ、と空気が音を立てた。

しかし彼女は恐怖しながらも、両親に育てられた本能に命じられて自然と臨戦態勢になってしまう。
これは挑発ととられてもおかしくない。はおろおろとして、自分を包んだオーラを引っ込めようとしたが、出来なかった。

対して、44番は嬉しそうに笑んだ。ように見えた。そしてそのまま、周をしたトランプを彼女に向かって投げる。
しかしその動作と裏腹に、今回の彼の動きにはまったく殺気がこもっていなかった。
――これなら、動ける。

は飛んできたトランプをうまくキャッチする。手の力を抜くと、オーラを失ったトランプはひらひらと地面に舞い落ちた。
44番は彼女の反応を見て笑みを深めた。

「ねえ、きみ」

初め、自分に掛けられている声だと気付かなかった。
しかし近づいてくる道化師まがいの男に、ようやくは「わっ」と小さく悲鳴を漏らして青ざめる。
次いで隠れるように人ごみに紛れた。

「あれ、嫌われちゃったかな。残念」

くっくっく、と喉で笑う声がする。
が、隠れたを探そうとする気配はなかったので彼女は安堵した。

――ハンター試験は、それなりに危ない奴も受けに来るのだということは知っていた。
しかし。
はあの殺気を思い出して、目を伏せた。

あんな殺気を出す奴がいるなんて。しかも、念能力者だ。

自分はこの試験を甘く見ていた。もっと注意を払わなければいけないんだ。
が自分の中の認識を改めている最中に、ベルが鳴り、試験監督が現れた。
第一次試験の始まりである。


***


最初の試験は、持久走。は周りの人間が動揺する中で、一人こっそりと安心していた。
彼女は赤の他人とコミュニケーションをとるのは苦手であった。
戦闘も、敵意や殺意をむけられると全身の筋肉が硬直してしまうにとってはかなりの難易度となる。
しかしそのどちらも恐らく近い内に実行しなければならない時がやってくるだろう。
前者はまだしも、後者についてはどうにか対策を練らなければ、まずい。負けて不合格になるならまだしも、だ。
もし殺しありの戦闘になれば、44番のような人間に当たってしまった場合自分は間違いなく死ぬ、と彼女は知っていた。

走り始めて一時間ほどたっただろうか。
は突然腕を掴まれ、バランスを崩した。

「やあ◆」

44番。
彼女は体勢を立て直すよりも、そして恐怖を感じるよりも先に唖然としてしまった。
なんだ、このひとは。どうして。

「おっと。ダメじゃないか、この位でふらふらしちゃ。もうバテてしまった、という訳でもないんだろ?」
「あ、すっ……済みません」

ぐらりと倒れかけたの身体を支えてくれたのは、他でもない44番だ。彼は疑問符をたくさん浮かべているに向かってにっこりと笑った。

「ぼくが怖いのかい?」

静かな声で繰り出された問いに、どきりとした。
声が出てこない。
やっとのことで発した言葉は震えていた。

「……べ、別にそういうわけじゃ」
「きみ、能力者だろ?」

44番は彼女の答えを最後まで聞かなかった。
にしか聞こえない程度の声で囁かれた言葉は、疑問と言うよりも確認に近い。
言葉をさえぎられた彼女が答えないでいると、彼は「用心深いね」と呟いた。

「ぼくはヒソカ きみは?」
「――
「へえ……じゃ、。きみは能力者だよね?」

瞬間、膨れ上がったヒソカのオーラには動いた。
まず掴まれていた左手を振りほどき、走りを続けつつ横に跳んでヒソカから距離をとる。
その時にが掠めた何人かの受験者が声を上げたが、彼らに謝る余裕はなかった。

「やっぱりね」

そう言って、ヒソカは舌で唇をなぞる。

「(しかし、なんだろうな。彼女には大きな欠陥がありそうだ)」

それを見極められる時は、きっともうすぐやってくる。
ヒソカは勿論、本人も もうじきお互いがぶつかるときがやってくるだろうことは予想していた。

二人の大きな違いは、ヒソカはそれを楽しみに思い、はその時がやってこないことを望んでいるという事だ。

彼女は徐々にペースを落としていった。早く第二の会場に辿りつこうということよりも、ただヒソカから離れたかった。
まだ心臓は大きく脈打っている。恐らくヒソカは、あの時何か念能力を発動しようとしたのだ。
その前に左腕を振り払ったから、何とか助かったのだと思う。

しかし、初めに彼に腕をつかまれたときは驚いた。
自分は走りながらもちゃんと身の回りに注意を払っていたのだ。
それなのに彼が左腕を掴むまで、ヒソカの存在にまったく気がつかなかった。
これらのことが指し示す事実は、ただ一つ。彼は強い。ということだ。

「……?」

まだ鼓動が激しさを失わない。
それどころか、その原因が恐怖ではないように思えてきて、は自分自身に驚いた。

いつの間にか彼女はわくわくとしていた。
勿論、恐れてもいる。しかし。
未知の存在に、はいつの間にか胸を高鳴らせていた。