地下道のようなところを数時間走り続けると、長くて急な階段に行き着いた。
ここが第一次試験の山場、だろうか。どちらにしろここでそれなりに脱落者が出るだろうことは予測できた。
そんな中、先頭を走っているのは子供二人だ。
一人はの顔見知りだった。
キルア。確かそういう名前だった。
彼は自分の後ろにやってきたに気付いて、振り返った。
汗一つかいておらず、その表情は余裕そのものだ。
やはりただものではない。
「よ」
「キルア、だよね。さっきはありがとうね」
「まだ言ってんのかよ? いいって」
キルアはぶっきらぼうに返した、が、どこか恥ずかしそうなのは気のせいだろうか。
いや、きっと気のせいなんかじゃない。
「キルアの友達?」
もう一人の子も彼女に気がついてのほうに顔を向けた。
彼もまたキルアと同じように、まだまだ余裕ありげな雰囲気だ。最近はパワフルな少年が多いのだろうか。
その子の言葉に反応して、キルアは言った。
「別にそういうわけじゃない」
「そうなの?」
「ああ、オレこのひとの名前知らねーし」
ちら、とを横目で見る。
「あ、ごめん、わたしはです。よろしく」
「オレはゴン! よろしくね、さん」
ゴンは太陽のように笑った。きっと素直な子なのだろう。
はその笑顔につられて微笑んでしまった。
「あ、さん付けはしなくていいよ」
「ほんと? ありがとう、」
「なあ、っていくつ?」
キルアの出し抜けな質問に、は数秒ためらった。
「えーっと……17歳」
「じゃあクラピカと一緒だ」
ゴンの話によると、クラピカという仲間がと同い年らしい。
ハンター試験受験者には同年代が意外といるものなのか。は少しだけ心強くなった。
「友達がまた増えて嬉しいよ。ね、キルア!」
「ん? まあ、そーだな」
キルアは頬をかく。一方ではどこかぼんやりとしていた。
――友達か。
思ってみれば、自分は家業関係以外の場で友人を作るのは初めてかもしれない。
そんなふうに自分の考えに耽り初めたを見て、キルアは少し驚いていた。
「っていうかさ」
「……え?」
「あんた、見かけによらず意外と体力あるんだな」
「そ、そう?」
「うん。もうヘバっててもおかしくないと思ってた。でも誤解だったよ」
「あはは」
褒められると嬉しい。が、素直にそれを出せる人は凄いと思う。
はむず痒さに口元がゆるみそうになるのをこらえて、代わりに短く笑った。
世間一般に、これは「笑って誤魔化す」という動作である。
その内出口が見えてきて、地上に出る事ができた。
が、そこは第二次試験の会場だというわけではなさそうだ。歓声を上げるゴンの隣で、は目を細めた。
試験官の説明によると、今受験生達の目下に広がっているそこはヌメーレ湿原という場所だという。
文字通り湿地帯である。
更に、ここを住処とする生き物は日々命がけの騙しあいをしているということから、通称「詐欺師の塒」というとも聞かされた。
どうやらこの一次試験、まだまだ続くらしい。
「――嘘だ! そいつは嘘をついている!」
いざ走り出そうとした時、そんな叫びが聞こえてきた。
そのいきなり現れた傷だらけの男は自分が本物の試験官で、達の前にいる試験官はこの湿原に生息する人面猿なのだと主張する。
不穏な空気になってきた。
ざわざわと、受験生達が小声で相談する声が聞こえる。その中には、今まで彼らを誘導した試験官……サトツを疑う声も混じっていた。
は怪我を負っている男とサトツを交互に見る。
「(試験監督は、本物のハンター。しかも、試験監督として選ばれるだけの実力がある。そんな人が動物に騙されるとは思えない)」
彼女はそう考えたが、それをこの場で言うような勇気があるわけもなく。
「……」
事の成り行きをただ見守るしかなかった。
「そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にするつもりだぞ!」
なおも言い募る男。その言葉を信じかけている人間もそれなりに出てきて、段々とは不安になってきた。
このままでは皆、騙されてしまうかもしれない。
が、その不安はすうっと消えていった。なぜなら また、奴の殺気がしたから。
数枚のトランプが、それぞれサトツと先程まで声を張り上げていた男へ向かっていくのが見えた。
サトツはそれを全て手で捕らえ、男は全てが身体に刺さり、死んだ。
さざなみのように、受験者のざわめきが広がってゆく。その中では縮こまるようにしている。
ここ一帯に、ヒソカの声がやけに響いた。
「くっく……なるほどなるほど これで決定だね」
その通り。
ハンターがヒソカのトランプを受けてやすやすと殺られるわけもない。
かくして誰も騙されずにすんだ訳だが、しかし、本物の試験官を見極めた後もヒソカの殺気はまだこの場に滲んでいた。
地下道を走っているときも、彼はサトツにむけて微量な殺気を向けていた。
だがそれは本当に微かなもの。今のものとは比べ物にならない。
きっと誰かを殺したくてたまらないんだ。
恐らくその誰かとは、特定の人間ではなく、彼は単純に殺人を望んでいる。
だからこその、この殺気。強く、禍々しく 全てを引きずり込んでしまいそうな。
はぞっとした。
「次からは、いかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格にします。よろしいですね?」
「はいはい」
ヒソカは適当な返事を返してトランプをしまった。しかしながら殺気はしまいきれていない。
彼が舌なめずりをするのが見えて、は「(やっぱり嫌だあいつ)」と内心で溜息をつく。
半ば無理にヒソカから目を逸らして、前を向いた。
「それでは参りましょう。二次試験会場へ」
こうしてようやくまた、走り出した。
流石は湿原、地面のぬかるみに足をとられる者も多い。
更に、再出発からすぐに霧が出始め、視界が悪くなった。
そんな中キルアが口を開いた。
「ゴン、。前のほうへ行こう」
「うん、試験官を見失うといけないもんね」
「そんなことよりヒソカから離れたほうがいい。――はわかってるだろ?」
「うん……さっきからずっとあいつ、殺したくてうずうずしてる」
「この霧に乗じてかなり殺るぜ」
刻一刻が過ぎるごとにヒソカの殺気は強さを増していった。
「(……まずい)」
湿地帯の悪条件とは別の原因で、自分の動きが鈍くなってくるのが分かる。
これ以上彼の殺意が増したら、は動けなくなってしまう。
これもまた、彼が強いという事を裏づけすることだった。
はどうしたことか、殺意や敵意を発する相手が自分より強いければ強いほど、体の自由が利かなくなってしまうのだ。
「ゴン、キルア」
そうなる前に、とは二人に声をかけた。
「一旦お別れ。それじゃあ、また」
突然のことに二人は目を丸くしたが、は理由を話さずにペースを落すことでその場から離れた。
あの二人に気を使わせてしまうわけにはいかなかった。
――いや。正直に言ってしまうと、もう大分身体が固まってしまい、前のペースを保つことは出来なくなっていたのだ。
走る位置が後方になればそれだけヒソカに近づくことになる。彼の殺気を真後ろに感じて、生きた心地がしなかった。
まだまだ殺意は膨れ上がる。これが限界まで達した時、またあのトランプが舞うだろう。
そしてこの周りにいる人々は死ぬことになる。
それには自分も含まれていて。
どうしたものか、と些か現実感が伴わずに、ぼんやりとした頭で考えた。
最善の策は思いつかなかった。