07. うまれたきずな

第三次試験会場まではネテロ会長が乗ってきた飛行船で向かうらしい。
初めて乗った飛行船に、は意外と居心地のよさを感じさせていた。

飛行船の中の一部屋に集められたのは四十二人の受験者たち。もうこんなに減ってしまったのか。
いつの間にか約十分の一になってしまっていることに気がついて、空恐ろしさを感じた。

「次の目的地へは明日の朝8時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使い下さい」

ぱっとみて瞬時に豆を連想させるような案内人の口からこの言葉が発せられた直後、
ゴンとキルアは飛行船内の探検に行こうと盛り上がっていた。
若さを感じさせる二人、その対象にレオリオとクラピカはぐったりとしながら今日一日のことを「恐ろしく長い一日だった」振り返る。
そのどちらでもなく、はぼうっと宙を仰いでいた。

も一緒に探検に行こうよ!」

はっとして前を見ると、にこにことしているゴン。そして、その隣にキルア。
は少し考えて、申し訳なさそうに微笑んだ。

「ごめん、ちょっと考え事をしたいから」

そう、今を逃せば、次にいつ自由に考え事が出来る時間がくるか分からない。
出来る内に出来ることをしておきたいのだ。はそれを理由に断った。
ゴンは一瞬残念そうな顔をしたが、「それなら仕方ないね」と明るく了解して、踵を返した。

「顔でも洗ってくれば? 面が腑抜けてるぜ!」

キルアも、憎たらしい一言を残して去っていく。
はそれを見送った後、失礼な子供だな、と心の中で一人ごちた。

 

 

飛行船内を少し歩き、手ごろなベンチを見つけた。彼女はそこに座って考える。

問題提起。
その1:この先誰かと戦う際に体が動かなくなるようなことがあったらどうするか
その2:合格をするのか(途中で放棄するのもありではないのか)
その3:ヒソカを初めとする危険人物について、どう対処するか

背もたれに寄りかかって目を閉じる。深呼吸をして、3つの問題に対する考えをたたき出した。

考え。
その1について:そんな事態はなるべく避ける。しかしやむを得ない場合は、体を動かさなくてもつかえる念でなんとか持ちこたえる。
その2について:ここまできたら合格しないと悔しい気がする。また、放棄は正直プライドが許さない気がする。
その3について:避ける

当たり障りのない体のよい答えしか出せないのだが、それが彼女のどうしようもない事実なのだ。
唯一救いがあるのは、ここまできたからには多少成長をしたいと自分で思ってはいるということだろうか。それが出来る出来ないは別として。

まぶたを伏せたまま、暫くの間、今日一日のことを初めから振りかえっていた。

「(とりあえず信用できるのはゴン、キルア、クラピカにレオリオ。信用しちゃ駄目なのがトンパ、ヒソカ)」

次はどんな試験が待っているのだろう?
そんなことにまで考えをめぐらせている途中で、自分に近づいてくる二つの人影に気が付いた。

「よっ、。なに一人で黄昏てんだ?」
「レオリオ……と、クラピカか。えっと、どうしたの?」

レオリオとクラピカは、の座っているソファのあいている部分、つまりの右隣に揃って腰を下ろした。
クラピカを挟んで左側に、右側にレオリオ、という順番である。

「理由なしに声をかけてはいけないのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないけど」
「だろう?」

クラピカは薄く笑みを見せる。
その隣で、レオリオはぐいっと大きく伸びをして、ついでにあくびを漏らした。

「しっかし今日一日は本当に疲れたぜ」
「同感だ。私達はここで仮眠を取るつもりだが、君はどうする?」
「わたしは……考え事を」
「そうか。それならばこれ以上の邪魔はしないほうがいいな」

クラピカは背もたれに上半身を任せて目を瞑り、眠りに入る体制になった。が、すぐにまぶたを上げ、の方を見る。

「そういえば、一つだけ聞いてみたいことがあったんだが……今聞いてもいいか?」
「あ、うん。構わないよ」
は何故ハンターになろうと思ったんだ?」
「あ、それオレも気になってたんだよ」

もう既に寝ていたかのように思われていたレオリオも、ぱっと顔を上げて彼女の方を見た。
そして首を傾げる。

「なんでだよ?」
「えーっと……」

何を話したらいいのやら。は少し言葉に困って、口を閉ざした。
そんな彼女の様子に何を思ったのか、クラピカは静かな声で言う。

「もし人に聞かれたくないことなら、無理に聞き出そうとは思わないが……」
「いや、そういうことじゃなくってね。――なんというか。私の理由は、多分ちょっと変、っていうか浮いてるんだ」
「浮いてる? なんじゃそりゃ」
「うーんと……ハンターになることが目的じゃなくて、試験を受けることが目的でここにきたの」

レオリオがまた少し首を傾げた。それを横目で見つつ、は自分の中で言葉を捜して、必死に結ぶ。
やっとのことで一連の言葉にして、口にした。

「私は、殺意とか敵意とか、そういうものを感じると体がかたまってしまうの」
「かたまる?」
「そう。多分、私がかなりのビビりだからだと思うんだけど。小さい頃からそんな体質で……あと性格も、気が小さくて臆病で」

はこの時、躊躇いなく自身の最大の弱点を人に話してしまった自分に驚いていた。
しかし更に驚いたのは、自分が心の奥でこの二人になら話しても大丈夫なんじゃないか、と思っているという事だった。

「ハンター試験を受けることで、自分の欠陥の改善ができたらいいな、と思ったの。体質は勿論性格も含めて」

実際はそれを理由に自分からそうしようと思ったわけでなく、無理矢理母親に受けさせられた、というのが正しいが、
あまりに情けないのでそれを正直に言うことは出来なかった。

「なるほどな……」
「あ、呆れた?」

納得したように頷いたクラピカに、彼女は不安げに尋ねる。

「いや。そういう理由も有りだと思う」
「そうそう。キルアなんて面白そうだったから、で受けてるらしいぜ?」
「ええー……あの子本当に何者なんだろ……」

唖然とする。キルアについては前々から疑問だった。あの幼さにして感じられる、悟ったような雰囲気もそうだ。
毒物を平気な顔をして体内に取り入れ、「鍛えてるから」と不敵に笑んだことだってそうだ。
名前になんとなく聞き覚えがある気がする、というのも理由のうちの一つ。

キルアについて思いを巡らせていたに、レオリオは完全に起き上がって、言った。

ばかりに話させるのもあれだからよ、オレも希望した理由、話すよ。笑わないでくれよ?」
「私も話そう。聞いていて面白いとは思えないだろうが」

そう言い出した二人に、彼女はきょとんとした。
レオリオの「笑わないでくれよ」という言葉に、クラピカの「聞いていて面白いものとは思えない」という言葉。
これらから連想されるのは、二人ともあまり進んで人に話そうと思えるような理由じゃないということだ。

「あ、でも……人に聞かれたくないような理由なら」
「なにを言ってるんだ。私たちの仲だろう」
「え……」

その言葉が浸透するには多少の時間を要した。
時間をかけてクラピカの言葉が染み込んでくると同時に、嬉しさが溢れる。そして、彼女は深く納得した。

「(そっか。この人たちとはもう友達だったから)」

だから自分の弱点も、隠さずに話すことが出来るのだ。
はゆっくりと顔に笑みを形作る。

「ありがとう」
「ああ」
「いいってことよ。あ、もう一度いっておくけど本当に笑うなよ? 馬鹿にもするなよ?」
「しないよ!」

笑い声が響く。
はこの時初めて、こう思った。

ハンター試験を受けに来てよかったと。


***


人に歴史あり。
レオリオ、そしてクラピカが受験を希望した理由を聞いて、はその言葉の意味をしみじみと実感していた。
二人はの右隣で仮眠を取っている。規則正しい寝息だけが響くこの場所で、はまた考えに耽っていた。
しかしその内容は、二人が来るまでとは全く違う。今彼女の頭を支配しているのはクラピカの一族の敵、幻影旅団だった。

かなり危険な連中だと聞く。念能力者の盗賊グループ。奴らの手にかかって一生を終えた人間の数は知れない。
しかしたまに慈善事業もする、妙な集団である。

彼らについてが知っているのはこれだけだった。もともと旅団の情報は世間にそれ程出回ってはいない。

クラピカは敵を討つといっていた。それはつまり――そういうことだ。
彼女にとっては、まさにとんでもないことだった。

「(凄いな、二人とも。わたしも頑張らないと)」

二人のように大きな目標を持つためには、まずどうしても取り除かねばならない大きな欠陥がある。
この試験を最後までやり遂げれば、多少の改善は望めるだろうか? 俄然として、やる気が出てきた。
これからは、もっと積極的に頑張れる気さえする。

これは成長と言えるだろうか?
少なくとも、前進とは言えそうだ。

 

そこで突然、彼女は自分の喉がからからに渇いていることに気が付いた。

「(確かこの飛行船には自動販売機があったはず)」

は二人を起こさないように細心の注意を払って立ち上がり、その場を離れた。
どこだったか。探索しなければ、見つかりそうにない。彼女は自動販売機を求めて飛行船内をさまよい始めた。

大分歩いて、そろそろ嫌になってきた、その時である。

彼女はキルアに出くわした。
血の匂いを纏った、キルアに。