09. 三次試験    

そこは、円柱状の高い塔の頂点。きっとそう形容するのがふさわしい。
受験者数十名は全員、そこに立たされていた。

72時間以内に生きて下の階まで辿り着くこと。試験官が提示した合格条件を聞いて、たちは戸惑った。
一見、この頂上から下の階へと、ひいては塔の内部へと入ることができそうな扉や階段がなかったからだ。

「壊して穴開ければ入れるかな?」
「お前意外と過激だな……」

レオリオはをまじまじと見る。

「そう?」

きょとんとしてレオリオを見返す
その隣でクラピカは考え込みながら、言った。

「きっとどこかに隠し扉があるはずだ。それを探そう。見つからなければの言うとおり、強行突破すればいい」
「あー、なるほどな」「うんうん」

レオリオとは納得した。地面を調べながら歩き始める。
時々かかとで床を蹴り、音を確認しては進んだ。

少し時間が過ぎて、音が微かに違う場所を見つけた。

「……!」

はもう一度そこにかかとを落とし、音を聞く。
そして確信した。ここに隠し扉がある、と。

「(でも、もしかしたら罠かもしれない)」

疑うことを忘れてはいけない。これはハンター試験なのだから。
手放しで信用することは、命の危険に直結する。
はしゃがみこみ、床を軽く手で押した。ずりずり、とすれる音を立ててそこはへこんだ。

少しの間、警戒を怠らずに様子を見る。中から何かが飛んでくる気配はない。平気そうだ。
そう判断して彼女は仲間たちの名を呼ぼうとした。

「クラッ」

が、一人の名も呼び終わらない内に、彼女の視点は回転し、かつ暗転した。
彼女が辛うじて目で捉えられたのは、右足を掴む誰かの手。次の瞬間、は塔の内部へと落ちていた。

「……ピカ!?」

あまりにも突然起きたことに、一次的にパニック状態に陥っていたが、すぐに我に帰る。
は自分を隠し扉に引きずり込んだ人間の姿を認めた。
そのひとは、301番。彼(彼女?)は、正直ヒトに見えなかった。
緑色の肌、顔に突き刺さった針の数々、カタカタカタという音とともに揺れる体。
それをみて誰が驚かずにいられるだろうか。

「……」

彼女は悲鳴を上げなかった。いや、どちらかというと「上げられなかった」。
恐怖を感じるよりも先に、愕然としてしまって。

「……え?」

首を傾げる。笑みを浮かべようとして、口元が引き攣るのがわかった。

ここでようやく震えが走った。――301番は、怖い。見かけは勿論、何より恐ろしいのはこの技量だ。
警戒していたの足をほぼ察知されることなく掴み、そのまま恐れるべき力で彼女を引きずり込んだ。
このひともあの奇術師と同じ。怪物なのではないか。そんな予感がの脳裏を駆け巡りまくる。

「な、ななななんですか?」

301番はカタカタと揺れながら、ある方向を指し示した。
それを視線で追うと、そこには指令が書いてある。


“サバイバルの道 ゴールまで二人以上が生き残っていれば合格。はじまりは5人から”


よく見ると、301番の向こうにガタイのいい3人の受験者がいた。つまり、で5人ということだ。
恐らくこの301番は早く出発したかったのだろう。だから運悪くこの入り口を見つけた彼女をここに引っ張り込んだのだ。
“サバイバル”や”生き残っていれば”というニュアンスに不安を覚える。凄く、嫌な予感がする。

「災難だな、嬢ちゃん。まあお互い頑張ろうぜ」

受験者の内の一人が声をかける。彼は「サメイ」と名乗った。
それに続いて、他の二人も名乗り始める。

「オレはコット」
「キップだ」
です、よろしく……」

最後に301番の方を向く。
そんな彼女を笑いながら、サメイが言った。

「そいつは口がきけないみたいだぜ」
「え、そ……そうなんですか」

が恐る恐る聞くと、301番はまたもカタカタと揺れた。だが、それだけだ。
本当に口がきけないのかもしれない。
まるで宇宙人みたいだ、この人。
そんなことを思っていると、どこからともなく声が響いた。

『5人揃ったようだな。では、スタート』

それは間違いなく試験官のものだった。重たい音が響いて、扉が開く。
座っていた3人の受験者達は心底かったるそうに立ち上がった。
空気が悪い。あまり協力の二文字は期待できなさそうだ。

はまだ上にいるであろう4人を思う。

「(4人とも、隠し扉を見つけられてるといいけど……)」

いや、あのひと達は自分が心配しなければいけないほど弱くない。きっともう入り口を見つけている筈だ。
もしかしたら、すでに道を進んでいるかもしれない。

彼らと再会するためには、自分もここで生き延びることだ。

彼女は覚悟を新たにして、前を向いた。
――何があっても合格してみせる。

 

 

開いた扉をぬけると、すぐに槍や弓矢の雨が降ってきた。
は小刀を手に取り、ほぼ本能的に”周”をしながら自分に降りかかる全ての凶器をなぎ払う。こういう罠は予測の範囲内だ。
他の4人についてもそれは同じのようで、 いや、違う。一人が音を立てて崩れ落ちた。全身に刃物が刺さっている。

「これくらいで殺られちまうような腕でハンターになろうと思ってたのか、こいつ」
「馬鹿な奴だ」

サメイとキップが死人、コットを嘲る。はむっとしたが、ここで何か言えるほど、彼女の気は大きくなかった。
ぐっと息を止めて、数秒後大きく吐き出す。そうすることで何とか気持ちを落ち着かせた。

301番は男二人も死人も、そしてにも興味がないのか、彼らをおいて歩みをどんどん進める。
とサメイ、そしてキップは慌てて301番の後を追った。

 

そこから約一時間は、罠の嵐だった。ヌメーレ湿原を抜けてきただけあり、4人は軽々とそれらを超えていった。
しかし、途中でサメイが危機に陥った。誤って武器を取り落とし、迫る刃物から自分の身を守るものがなくなってしまったのだ。
彼は、一番近くにいたキップを盾にするという選択肢をとった。

「……てめ、え……!」
「悪く思うな」

サメイがキップを放すと、彼は崩れ落ちた。
そしてそのまま息を引き取る。

「酷いひとですね」

遠くの方でその様子を見ていて、思わず呟く。彼女の頭の中はサメイへの反感でいっぱいだった。
その色が瞳に現れていたらしい。サメイはの目を見て、肩をすくめる。

「ああしなきゃオレが死んでた」

何でもないことのように言うサメイ。
彼女は無性にやるせなくなった。

「もしあの時近くにいたのがあんたでも、オレは躊躇いなく盾にしたぜ」

サメイはひょうひょうと言う。

「他人を気遣ってる暇があるなら自分の心配をしろよ、嬢ちゃん。オレたちは今いつ死んでもおかしくない状況におかれてるんだ」

それでもの心は荒立ったままだった。二人のやりとりを気にも留めず、すたすたと先を行く301番にも腹が立つ。
しかしついて行く他はない。
手でコットのまぶたを閉じさせ、その体をあお向けにしてから、は二人の背を追った。

 

 

ここからが、彼女にとっての地獄の始まりだった。彼らを死に追いやろうとする障害物はついに物質ではなく人間になったのだ。
敵意も殺意も発する、人間に。

どこから現れるのか、四方八方から武器を持った男たちが飛び出してくる。

301番は慣れた、素早い手つきで次々に針をくりだした。それらは見事、彼を襲おうとした全ての人間の額に突き刺さる。
一方サメイはいっぱいいっぱいではあったが、何とか攻撃をかわし、殺されるということは回避していた。

問題はだ。
殺意や敵意があふれる空間に、彼女の筋肉は再びかたまり始めていた。

「(ああもう、うざったい! でも怖い!)」

さっきからはオーラでの防御しかできていない。情けないながらも、それが今の彼女に出来る精一杯のことだからだ。

そんな中、サメイが力尽きた。は泣きたくなる。ついに残りは自分の301番の二人になってしまった。
左斜め後ろから来る斬撃を纏で防御した瞬間、針がを攻撃した人物に向かって飛んでいくのが見えた。

それが最後の一人だった。

いつの間にか、自分の周りにも針が刺さって倒れている人間がいる。
目の前では301番が、やはり「カタカタカタ」と揺れている。

「……な、なんで」

なんで助けてくれたのか。そう聞こうとして、それは愚問だと悟った。
確か、初めの指示にこう書いてあった――二人以上が生き残っていれば合格。
残りは自分と301番のギリギリ二人。

「君、なんで戦おうとしないの?」
「それは……、え?」

なんだ今のは。誰が喋ったんだ。はきょろきょろとあたりを見回す。

「オレだよ」
「え?」
「301番。ギタラクルって言うんだ」
「……」

絶句した。

「(この人、喋れたんだ。しかも見かけによらず若い声)」
「今ちょっと失礼なこと考えてるだろ」
「え、いいいえ別に」

図星だから、声が震える。
ギタラクルは「まあいいけどね」と半ば棒読みな声で言った。

「君、周を使ったり堅を使ったりしてるくせに発はしようとしないよね」
「あなたも、念能力者……」
「そうだよ。そんなことより前へ進もうよ。無駄話は歩きながらでもできるだろ」
「う、うん」

ギタラクルに続きかけて、はっとする。手足を投げ出して倒れているサメイに近づき、姿勢を整えた。
それからやっとギタラクルを追う。彼はの一連の行動について何も言わなかった。

「ああ、そうだ。ヒソカに気をつけなよ」

ギタラクルは感情のうかがえない声で言う。

「君は彼の興味をそそるけど、彼の好みのタイプではないからきっと殺される」
「いや、もう殺されかけた」
「え、ほんと? なんで生きてるの?」

それはこっちが聞きたい。
が顔をしかめて黙っていると、ギタラクルは独り言のように続けた。

「やっぱりあいつはよく分からないな」
「――友達なの?」
「友達? まさか。知り合いなのは確かだけどね」

彼はヒソカを「よく分からない」と称したが、(そしてもそれには大賛成だが)彼女にとってギタラクルもまた「よく分からない」存在だった。

それから先はほとんど会話をしないまま、二人はどんどんと先へと進んでいく。襲い掛かってくる敵はほとんどギタラクルが始末した。
は今までやってきたように、僅かな隙を狙って攻撃を仕掛けることをした。

 

階段をおり、扉をあけ、時には壁を破壊して。罠を避け。
どの位の時間が流れたのだろう。もう時に対しての感覚はなくなりかけていた。

 

大きな傷はないものの、は小さな傷をたくさん負っていた。そろそろオーラの消費も激しい。
ずっと纏や堅をしていたのだから、当然のことである。完全に敵の攻撃を防御することはできなくなっていた。

それでも休むことなく足を進めていき、やがてゴールに辿り着いた。
試験官の声が響く。

「301番ギタラクル! 100番! 三次試験通過者第2,3号! 所要時間、8時間49分!!」

第1号は、ヒソカらしい。彼の姿が、のかすんだ視界に辛うじて映った。

「やあ◆」

ヒソカの声に、ギタラクルは手をあげて応える。そして彼はトランプタワーを作っているヒソカに近づいていった。
はそれにならう気にはどうしてもなれなかった。壁際に近づき、崩れ落ちるように座り込む。息が荒いのが自分でも分かった。
これは疲労だ。まぶたが重い。
が額を押さえて呼吸を繰り返していると、ヒソカの声が耳に入ってきた。

「おや、一次試験のときと違って随分疲れてるみたいだね。念を使いすぎたのかな」
「……」

答える気力もない。
ヒソカはそんな様子のを見ているのか、喉で笑った。

「その癖、早く治さないとね。死んじゃうよ?」

そんなことは、自分が一番分かっている。
しかし今だけは、この危機を乗り越えた自分を少しだけでも労わりたい気分だった。

いつの間にか、は眠りに落ちていた。