10.四次試験の前触れ

泥のように眠れたのは、ほんの数時間だけだった。
続々と現れる三次試験通過者の前であまり無防備にしているわけにはいかなかったから。
少しの仮眠をとって頭をすっきりさせたあとはずっと意識を保っていた。
そして、仲間である四人が現れるのを今か今かと待っていた。

しかし試験開始から65時間がたっても、あの四人は下までおりてこない。

「(大丈夫かな……)」

残り時間はあと10時間もない。彼女は焦りを感じていた。それから刻一刻と、試験終了の時間が近づいてくる。
試験通過者が通る扉が開く度に、は期待を込めてそちらをうかがった。
けれどあの見慣れた四人の姿は、一向にあらわれそうになかった。

あと10時間、はいつの間にかあと7時間、4時間……と、段々と移ろっていく。

 

そして、あと1時間。

 

時計を何度確認しても、その事実は変わらなかった。四人はまだ姿を見せない。
まさか、と一瞬疑いかけて慌てて首を振る。そうすることで嫌な考えを打ち消した。

あの四人に限って、まさか、そんなことは絶対にない。

焦燥感にかられるに構うことなく、時間は過ぎていく。

あと30分

――あと、10分

 

――まだ、現れない。
とうとういても立ってもいられなくなって、は扉の近くまで寄った。扉の隣には既に、一人の女の人が腰を下ろしていた。

「あの四人が心配?」

突然かけられた声に、は息を飲んだ。その女性はサングラスをかけ、手に猟銃を握っていた。
恐らくこれが彼女の武器なのだろう。一通り観察したあと、は何も言わずに彼女を見つめる。

「あなたと一緒にいた四人よ。まだ来ていないみたいね」
「……」

が何も言わないでいると、彼女は肩をすくめた。そんなに警戒しなくてもいいじゃない、と言って片目をつむる。

「あたしはスパー。数少ない女同士なんだし、仲良くしましょ」

は知っている。これは上辺だけの言葉だ。本当の意味で仲良くしようと言っているわけではない。
しかし彼女はスパーに合わせて、軽く微笑みを浮かべて見せた。そして一言、

「わたしは。……よろしく」

それだけを言って扉に注意を向ける。残り時間約3分。誰かが来たようだ。

希望を抱いて、開く扉を見つめる。だが現れたのは、またも見知らぬ人間。
しかもその人は扉を出てニ,三歩歩いたところで死んでしまった。

「馬鹿ね。死んで合格するよりも、生きて来年再挑戦すればよかったのに」

スパーの言葉を黙って聞いて、は死体から目をそむけた。彼女は今、最悪のケースを想像していた。
ゴールに辿り着いておきながら死んでしまった人間を見て、そのケースがリアルに思い浮かんできてしまったのだ。

「(あと……2分)」

重たそうな音を立てて扉が開く。
そこから出てきたのは、また見知らぬ他人だった。

はもう半ば神に祈っていた。

「(頼むから……なんでもするから……)」

強く拳を握ると、それは細かく震えた。力を入れているためか、はたまたの感情に呼応してのことか。
残り時間あと1分です、とアナウンスが聞こえてきたとき、扉の向こうに複数の気配を感じた。

「(――あ)」

ずっと待ち望んでいた人たちが、ようやく現れた。
目の端にほんの少しだけ、涙がにじんだ。

「キルア……ゴン、クラピカ!」

三人とも、ボロボロだ。
あちこち服は破けているし、見る限り全身にたくさんの擦り傷がある。

しかし、心に引っかかる。
どういうことか、もう一人がいない。

とにかく、は三人に駆け寄った。
その時、もう一度扉が開いて、レオリオとトンパが現れた。

「レオリオ!」

不安が一気に解消された。純粋な喜びが全体にいきわたる。
四人は彼女の姿を認め、表情を明るくした。

! よかった、先にゴールしてたんだね」

と、ゴン。彼とは違って少し拗ねたように、キルアが言う。

「なんだよ、オレたち置いてさっさと先行っちゃってさ」
「ご、ごめん……実は、穴の様子うかがってたら隙をつかれて引きずりおろされちゃって」
「なにマジになって謝ってんだよ?」
「へ?」
「オレ、それくらいで怒るほど餓鬼じゃねーから」

ここでやっとキルアは笑みを浮かべた。
そして本気とも皮肉ともつかない言葉を発する。

「でも心配したぜー? あんた一人でこの塔切り抜けられるのかなーって」
「(……複雑な気分だなあ……)」

は苦笑した。
確かに彼女一人では下まで降りることは出来なかっただろうが、なんともいえない気分だった。

「でもよ、お前がいてくれなかったからオレたちは大変だったんだぜ!?」

レオリオが身を乗り出して言う。そしてキッとトンパを睨んだ。

「こいつがなにかとチームワークを乱しやがるから」
「レオリオ、もう三次試験は終わったんだからそれもおしまい!」

ゴンにたしなめられてバツの悪そうな顔をするレオリオ。ふん、とそっぽを向くトンパ。
――大体状況はつかめてきた。
彼らが進んだのは、この五人で協力して進む道だったのだろう。

「とにかく、五人揃ってここまで来れたのだからよしとしよう」

クラピカが綺麗にまとめてくれた。

 

かくして第三次試験合格者は彼らを含めて26名(内一人死亡)。
は十分に休んだが、四人は休む暇もないまま、第四次試験の準備へと突入する事となる。

塔から出てすぐに、三次試験通過者は通過した順にクジを引かされた。
が引いた番号は404番。――クラピカの番号だ。
何をやらされるのか、まだ明確な説明はされていなかったが、嫌な予感がした。

全員が引き終わったあとで、試験官は説明を始める。

「それぞれのカードに示された番号の受験者が、それぞれの獲物だ。……奪うのは受験者のナンバープレート」

嫌な予感が的中した。の獲物は、クラピカだということだ。
先程まで喜びで高揚していた気分が静まり、段々と体から力が抜けていく。

試験官が説明した四次試験のルールは、こんなものだった。自分のナンバープレートを三点、獲物のナンバープレートを三点、
それ以外の人間のプレートは一点として、四次試験が終わるまでに計六点を獲得しなければならない。
舞台はゼビル島。第三次試験の会場であったトリックタワーと海を挟んだ向こう側にある島だ。

そこへ向かうためには、当然船に乗らなければならない。受験者達は言葉すくなに、ハンター協会の用意した船に乗り込んだ。

「自分を狩る者」を警戒して、全員がもうプレートをしまっていた。
それはも例外ではない。

彼女は船頭の近くに立って、考えをめぐらせていた。こんな展開は予想もしなかった。
狩るべきか、狩らざるべきか……もともと戦闘はなるべく避けたい彼女が選ぶべき選択肢は見えていた。
第四次試験通過への最短距離は、自分のプレートを守り獲物のプレートを狩ることだ。そうすれば、戦闘は一度だけで済む。
しかしそれを実行する勇気がない。いや、気が進まないという理由の方が大きかった。

暗い雰囲気を背負った彼女に近づいてくる影があった。

「よっ」
「――キルア」

キルアは片手を上げて挨拶すると、乗っていたスケートボードからおりた。

「どうかした?」
のターゲットは誰なのかと思って」

なかなか嫌なことを聞いてくる。は口ごもった。

「それは……」
「あててみせようか?」

キルアは人差し指を立てた。

「クラピカだろ」
「え。なんで」

見事言い当てられたは目を見開いて彼を見る。
彼女の様子を見てキルアは呆れた表情を浮かべた。

「あんたさ、態度に出すぎ! 多分クラピカも気付いてると思うぜ」
「そ、そうなの!?」
「ばればれだって。――で、どうすんの?」

彼はの隣に立って、頭の後ろで腕を組む。

「それを今、悩んでた」
「だろうな」
「クジ引いて、404って数字見たときからずっと色々考えてて。でも結論でてないんだー」

はあ、と溜息をついて、は手で髪を軽く乱す。
そんな様子を横目で見るキルアだったが、やがて視線を海へと向けた。
しばらくの間、その場には波の音だけが響いた。

「……やめた」
「クラピカとは戦わないってことか?」
「いや、そうじゃなくて」

はへらっと笑んだ。

「考えるのやめた」
「はあ?」
「もう考えるの疲れた。思えば試験始まってからずっとあーだこーだ考えてさ、もう疲れたからいいや! 試験のことは始まってから考える」
「……態度分かりやすいのに、分かりにくいやつだな、お前」
「キルアこそ言ってることがよくわかんないよ」

二人は顔を見合わせる。
ほぼ同時にくすっと笑いを漏らした。

「ところで、キルアの獲物は誰なの?」
「これ。誰だか知ってるか?」

キルアが差し出したカードに書かれていた番号は、199番。
彼女は記憶を探ってみたが、誰にも行き当たらない。

「ごめん、知らない」
「だよなー。他人の番号なんて知らないっての」
「地道に探すしかないね」
「めんどくせ」

彼は言って、不満そうな顔をする。

「あ。ちょっと聞きたかったんだけど、三次試験はどんな感じだったの?」
「ああ、そういやは違う道だったもんな。えーっと……話してほしい?」
「ほしいほしい」

「んー……」とキルアは考える素振りを見せた。

「じゃあ教えない」
「えっ?」

意表をつかれたは目を丸くする。
キルアは悪戯っぽい笑みを浮かべながら繰り返した。

「教えてほしいなら教えない」
「……じゃあ教えてほしくない」
「あっそ」
「キ、キルア?」

は真意をはかろうとキルアの目を見ようとするが、彼はから自分の表情が見えないように顔を背けた。

これは、もしや。
からかわれている?

「キルア、教えてよ」
「さっき教えてほしくないって言ってたじゃん」
「それはキルアが教えてほしいなら教えないって言ったから」
「そんなこと言ったっけ?」
「言った! 絶対言った!」
「そーだったかなー」

そ知らぬふりを続けるキルアに、引き下がらない
最初こそどうしても聞きたいと言うわけではなかったが、教えないと言われたら余計に教えて欲しくなるのだ。

まさに悪循環。

島に着くまで、緊迫した空気に包まれた船の上で、船頭付近にだけは比較的明るい空気が流れていた。