12."こんなのは駄目だ"

向かった先をいくら進んでも見知った顔は現れなかった。

「(そりゃそうだよなあ……)」

人からプレートを盗ったあと、いつまでも同じ場所にいるわけがない。
それ以前にあの三兄弟が進行方向を真っ直ぐにとっていたという保証もないのだから、キルアがこっちの方角にいたかどうかも怪しい。

「(わかってはいたんだけど)」

それでもつい期待してしまったのは、自身の甘えなのだろうか。は少しがっかりする。
この薄気味悪い森の中で誰か、仲間一人でも無事な顔を確認できればきっと元気が出るのに。

――いや、それこそが甘い考えだ。
強くなるためには、成長するためには、甘い考えは捨てなければ。

思えば、今まで自分は、全ての試験において他人に助けられてきてはいないだろうか。
そのことに気付いた時は自己嫌悪に陥った。

「(こんなの駄目だ……)」

この試験でも運に助けられた感は否めないが、それならばせめて、試験が終わるまでは自分だけでいよう。

それからまた日が昇り、沈んで、また昇り、ちょうど頭上まで上がったとき。
つまりは四日目に突入した頃合に、は偶然にも知り合いに出会うことが出来た。

「レオリオ……クラピカ」
か?」

レオリオは心なしか表情を明るくする。
二人とも、体調は万端といったふうではなかったが疲れている様子もなく、まだまだやっていけそうだ。
流石だ、とは心の中で口元をゆるませた。

「二人とも、どう?」
「オレはまだだ。しかしクラピカはもう6点分揃えたぜ」
はどうだ?」

投げかけられた問いに少し含まれたものを感じて、クラピカを視界に入れる。
見えるはずもない彼の気持ちを見ようとして目を凝らしたが、やはりどうにもならなかった。
ただ、彼に自分からなにかを言おうという気はないらしいことだけはわかる。
はしばらく目を泳がせていたが、ぐっと決意をかためて、尋ねた。

「あのさ、クラピカ……知ってるんだよね?」

キルア曰く、クラピカは気付いていたということだった。の獲物が彼であったことに。
彼女の質問に、クラピカは浅く頷いた。

「ああ、君は隠し事が出来ないタイプだな。見ていてすぐにわかった」
「……挙動不審だった?」
「過ぎるということもないがな」
「オレにもわかったぜ?」
「レ、レオリオも気付いてたんだ……」

渇いた笑いを漏らす。仮にもなんでも屋稼業を継ぐという未来が待っているであろう自分に、こんなことがあっていいのだろうか。
いやよくない。決してよくない。

「でも、それならもっと警戒してもいいんじゃないの?」

されたらされたで悲しいけれど、は問いかける。

に私からプレートを奪う気はないよ」
「え、……なんでそうだってわかるの?」
「数日の付き合いで、君の性格は概ね理解したつもりだ」
「……」

が納得しかねる表情で黙っていると、クラピカは「他に理由はないのか、と聞かれればないこともないが」と言う。
彼女は呟くように続きを催促した。

「それ、教えてほしい」
「私はの体質を知っている。君が私からプレートを奪うためには、「速攻」と「不意打ち」――このどちらかの手段をとらなければならないということは容易に推測できた。そして今この状況において、すでに不意打ちという選択肢は残っていない。速攻は不意打ちに比べ僅かにも可能性があるかもしれないが、それをしようとしているかどうかは、流石に対峙してみればわかる」

「……すごいね」

的確な推測と結論に、は内心舌を巻いていた。クラピカは凄い人だ。頭の回転が早く、出てくる答えも大抵が正解。
博識でもあるし――きっと彼の念能力は相当考えられたものになるんじゃないだろうか。
そうなれば彼はかなりの念の使い手になるだろう。

そんなことを思いながらは、胸にある彼女のものを除いた、三枚のプレートを取り出して見せた。
そして確認を取るように言った。

「わたしはもう揃ってる。……つまり、クラピカのプレートを奪う気はないよ。念のためにわたしの口からも言っておくけど」

クラピカはそれを受けて頷いた。
実際に彼は何の言葉も発さなかったが、その表情は、「わかっていた」と言っているように見えた。
この場が、ひと段落の空気で満ちる。そんな時沈黙を破ったのはレオリオだった。

「ちょっと待て、ってことはまだ6点揃ってないのはオレだけってことかよ!?」
「レオリオのターゲットは誰なの?」
「ポンズっていう嬢ちゃんらしいが……見かけなかったか?」
「ポンズ? 知らないかな、多分。見かけてないよ」
「そうか……で、でもまだ3日! いや、今日をいれれば4日あるし、なんとかしてみせるぜ!」
「そうだよ、あと4日ある。レオリオなら大丈夫!」

二人が勇みたっているところに、クラピカがタイミングを見計らって口を挟んだ。

「その4日間、も私達と一緒に行動しないか?」
「……え?」

知らず知らずの内に、そんな声がこぼれていた。

嬉しかった。断じてそのことに違いはない。
しかし、彼女は二日目の夜、この試験は単独で乗り切ろうと決意したばかりだった。今この瞬間、の中で相反した感情が戦っていた。
長い沈黙の後には静かな声で言った。

「ごめん。今回はちょっと遠慮させてもらう」

断られるとは思っていなかったのか、レオリオは僅かに目を見開いた。
クラピカは少し眉を寄せた。

「なにかあったのか? 三日の間に」
「ううん。でもわたしは今までの試験で人に助けられてばかりだったから、駄目だと思って」

ごめん、ありがとう、さようなら。
謝罪と感謝、そして別れの言葉を置いては走り出し、やがて見えなくなってしまった。

 


その場に残されたレオリオとクラピカ。レオリオはぽつりと呟く。

「人に助けられてばかり、って、オレもそうなんだけどよ。駄目なことか?」
「いいや、レオリオ。私もの言う「人の助け」がなければここにはいないだろう」
「記憶にねえけどよ、だってオレのことを助けてくれたんだろ? お互い様って言葉、知らねえのかな」

が消えていった方角をじっと見つめるレオリオ。クラピカはその肩を軽く叩き、口を開いた。

の決めたことだ。我々がどうこう言うのはナンセンスだと思う」
「――そうだな。オレもそろそろ本気で焦らないといけないしな」

そう言いつつもまだ心配そうな目で彼女の向かった方向を見ているレオリオに、クラピカは浅く溜息をついて、諦めたように微笑んだ。


***
 

二人の気分を害してしまっていたら、どうしよう。
あの二人ならこんなことで怒りはしないとわかっているが、そう思わずにいられなかった。

はまた、とぼとぼと一人で道を歩んでいた。やはり自分に一人旅は向いていない。
彼女は今や、この無人島生活がはやく終わることだけを祈っていた。
残りはまるまる四日ある。あと96時間――それは第三次試験にかけられた時間よりもはるかに長い。
久しぶりに深く溜息をついたとき、嫌なにおいが鼻を掠めた。

「……!」

死臭だ。は今、風上に向かって歩いている。つまり、これが示すのは、この先で誰かが死んでいること。
死人が出ることは、予測できなかったわけではない。

進行方向を変えようとして、ふと留まった。
――誰が死んでしまったのだろう。それが疑問である。

もしもゴンかキルアだったら。

まさか、とは思うが、ヒソカやギタラクルのような人間も参加しているこの試験で、その可能性は十分にありえるのだ。
きっとここでそれを確認しなかったら、このあと四日の間、自分はずっとそれを気にして悩む事になるだろう。
は足を違う方向へ進めたいのをなんとかこらえて、まっすぐ踏み出した。
どんどんと匂いの発生源へと近づいていく。それと比例して、は目を細めていった。

やがて、匂いの原因を確認することができた。

「……スパー」

確か彼女はそう名乗っていた。三次試験の待ち合い部屋で知り合った、銃使いの女性。
彼女の頭には数本の針が刺さっていた。――ギタラクルが使っていた針だ。
一通り死体を分析し終えたあと、は痛々しげに目を逸らした。

今まで育ってきた中で、両親の殺しの仕事についていくことは少なくなかった。
つまり、それだけの数の殺しの瞬間や死体を見ることによって、その筋の免疫はついている。
しかし三次試験でもそうだったが、実際に言葉を交わして名前を知っている人間が死んでいるのを見るのは、慣れない。

しかしおちおち悲しんでもいられないのだ。
が今すべきことは、殺された彼女を見て危機感を新たに持つことで、彼女はそれをわかっている。
スパーの死体を仰向けにして手を組ませたあと、は今まで以上に真剣な表情を浮かべる。

そうして再度、森の深くに紛れていった。