02
 

「あれ、君は」
「あ……えっと、奇遇だねー」

 二人が街の裏道でばったり出くわしたのは、ファーストコンタクトから数日が経った昼のことだった。はちらちらと背後を気にしている。かと思えば「走ろう!」と一声をかけてシャルナークの腕をとり走り出した。状況はわからないが、とりあえず彼女に合わせて走っておく。

 耳を澄ませば聞こえてきたのは数人の、恐らく男と思われる者達のばたばたとした足音だった。は走りながら顔を青くして、「ここ、長い一本道だからなあ。逃げ道がない」と呟いて唇を噛む。ただならない様子を察してシャルナークが事情を聞くと、彼女はこう言った。

「なんか、ヤッさんたちに追われてるんだ」
「ヤッさん?」
「ヤクザなオッサンの略」

 は必死に足を動かしているが、その努力は報われない。説明している間にも複数の足音は近づいてくるばかりだ。しかしそれらを気にも留めないシャルは、マイペースに尋ねた。

「なんで?」
「不運に不運が重なって……絵の具ぶちまけちゃって。今日星座占い12位だったんだよね」

 そういえば、なんだかんだいって昨日の自分のイニシャル占いも当たっていたな、と思い返すシャルナーク。この町の占いは当たるらしい。
 そんなことを考えている内に曰くの「やっさん」たちに追いつかれ、二人は囲まれてしまった。六人の、若くもないが歳でもない微妙な年頃の男達だ。そんな彼らの姿を見て、シャルナークは思わず笑ってしまった。がぶちまけたらしい絵の具がそれはそれは芸術的に彼らを彩っていたのだ。

、これは怒られてもしょうがないよ」

 笑いをこらえながら言うと、彼女は「一応、悪気はなかったんだって」とたじろぎながら呟く。それでも周りでがなる男達に両手を合わせて声を張り上げた。

「ほんっとうにごめんなさい! って、何度も言ったはずなんだけど」
「謝って済むか!」
「どうしてくれるんだよ、今朝新調したばかりだったんだぞこの繋ぎィ!」

 彼らは全く聞き耳を持たない。は心の中では色々と言葉を返していたが、実際に口に出すことは出来ないでいた。元々そこまで気の強い性格ではないのだ。彼女は怯えながら、どうしたものか途方に暮れていた。とりあえず隣のシャルを巻き込むのはいけない。が、一人になるのも怖い。

 相反する気持ちに頭を抱えていると、血の気の多い男達の内の一人がに向かって手を振り上げた。繋ぎを今朝新調した男だ。

「とりあえず一発殴らせろ!」
「ええ!?」

 困る、それは困る! と思っても避けることもできない彼女は、目を瞑って歯を食いしばり、来たる衝撃を耐える準備をすることしかできない。だがここで動いたのが、今まで黙っていたシャルナークだ。彼はに男の手が届く直前に小さく溜息をついた。そして次の瞬間には彼女の頬を打つはずたった手を掴み上げていた。

「まあ、たまには慈善事業もありかな」

 誰にも届かない位小さな声を漏らし、次にはこころなしか声を張る。

「大の男が寄ってたかって、あんまり感心しないな。彼女だって謝ってるだろ?」
「お前には関係ないだろうが!」
「あるよ。君たち、オレのことも囲んでるじゃないか」

 この辺りで、はようやくシャルナークが自分を助けてくれたのだという事に気がついた。余裕たっぷりな彼の様子に驚いて目を見張る。頭に血が上っている男達にとってシャルの態度は神経を逆なでするものだったのだろう、彼らはあわをくいながら「このキザ野郎!」やらなんやらと、お約束な叫びを上げる。そしてばらばらにシャルナークに襲い掛かった。

 あ、と更に驚いては息を詰めた。そんな彼女の耳はやっとのことで「やれやれ」というだるそうな彼の声を拾い、目を見開く。

 ことは直ぐに終わった。
 ――シャルナークの一人勝ちと言う形で。彼は軽々と六人の男達を地に伏せたのだ。

「大丈夫?」

 開いた口が塞がらない状態だったは、その声に反応するのにも数秒を要した。どもりがちに返事をしてぽかんとした表情でシャルを見る。その目は「信じられない」と言っていて、彼は苦笑した。

「口、開いてるよ」
「……あ」

 シャルナークは慌てて口を閉じる彼女を落ち着かせるような笑みを浮かべてみせる。そして何事もなかったかのように言った。

「行こうか」
「う、うん」

 しばらく、彼女はなにが起きたのか自身の頭の中で整理をしているようだった。その整頓が終わったのは二人が裏道から抜けて、人どおりの多い街中に出た時だ。彼女は心の底から申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

「ごめんなさい。巻き込んじゃって」
「いいよ。面白いものも見れたし」
「面白いもの?」
「絵の具のかかり具合、芸術的だった」
「……彼らには本当に悪いことをしたよ……」

 本気で落ち込んでいるところを見ると、悪気は本当になかったらしい。

「ああ、そうだ。助けてくれてありがとうございました」
「どういたしまして」
「また借りが増えちゃったよ。お礼しなきゃ」

 眉を下げて笑う彼女。ここぞとばかりにシャルナークは進言した。

「じゃあ一つ頼んでもいい?」
「うん、いいよ。何?」

 彼が初めてに会ってから数日の間に考えて出した、彼女の違和感に対する仮説。それを確かめる時が来た。もしこの先彼女に会うことがなければ試すつもりはなかったが、折角またこうして会ったのだから、乗りかかった船と思ってやってみることにしよう。

「今まで描いた絵を見せてくれない?」

 それを聞いたは目を丸くしたが、すぐに了承の言葉を発した。

「いいけど、私の家までちょっと遠いよ?」
「大丈夫。オレ、暇だし」

 その言葉は嘘ではない。今回シャルナークが連れる相棒、ウボォーギンはどこかへ外出していたし、活動を予定している日まではまだ遠かった。だからこそ前回に顔を描かせてくれと頼まれた時も断らなかったし、今日だって彼女を助けるような真似をしたのだ。急ぎの用があったなら見向きもしなかっただろう。



 そこから歩くこと数十分、着いた先は小さな一軒家だった。に続いてシャルは家の中に入っていく。小奇麗で、きちんと整頓されている所だ。どうやら一人暮らしのようだが、ゴミは勿論洗濯物や洗物が放置されている様子は微塵もなく、床もピカピカで、いつも掃除をしているのだということが見て取れた。

「綺麗にしてるんだね」
「定期的に掃除をしないと気が済まなくて」

 彼女の言葉に、彼はなるほどと頷いた。リビングを抜けた更に奥には小さな部屋があった。はそこが絵の保管場所だと言う。綺麗好きらしい彼女だが、さすがにその部屋だけは少しだけ散らかっていた。

「これが今まで描いた絵だよ。ほとんど風景画だけど」
「思ったより少ないね」
「気に入ったものしかとっておかないから」

 シャルはオーラを目に集中させ、の絵を見た。そして内心で呟く。

「(わ、大当たり)」

 彼女の絵はオーラを纏っていた。全ての絵が、ではない。人物画を除く絵にだけ、それは当てはまった。似顔絵を描いている最中に何もなかったのはそういうわけだ。最終的に、シャルナークの勘は当たったらしい。「彼女には何かがある。」というのは事実だった。

「念を使っているって自覚はある?」
「へ?」

 ばっさりと質問するが、彼女にはその意味がわからない。戸惑って首を傾げる

「(なるほど、無自覚か)」

 無意識の内に念を使ってしまっている人間は、数は極少ないが存在する。彼女はそれだ。引っ掛かりがとけてすっきりとしたが、まだ大きな謎が一つだけ残っていた。それは、彼女が出来るのは自身の描いた絵に纏をするということだけなのか、それとも描いた絵を媒介に何らかの能力を発動させることが出来るのか、ということ。
 しかしそれを思い切って聞くことはしなかった。知ったところでどうにもならないと思ったからだ。なにかがあっても特に旅団の活動に役立ちそうにはない、そう判断して、シャルはこれ以上踏み込むのをやめた。

「一枚もらっていっていい?」
「あ、どうぞどうぞ!」

 数ある中の一枚、どれにしようかと彼は少し考えたあと、ある絵を手に取った。

「これを持っていっちゃ駄目かな」
「いいよいいよ、どうぞ持っていってやって下さい」

 シャルが手に取ったのは草木の緑が全く見当たらない砂漠の絵。絵描きの目はまるで子供のようにキラキラとした輝きをためていた。シャルナークにお礼が出来たということが嬉しいのだろう。



 その後軽くお茶をして潜伏先に帰ると、ウボォーギンは帰ってきていた。目ざとくシャルナークの手にある丸まった紙を見つけると、「お帰り」も言わずに尋ねる。

「何だその絵。盗ってきたのか?」
「ううん、もらってきたんだ。敢えて言うなら未来のお宝、かな」

 言いながらその絵をウボォーギンに見えるように広げる。すると彼は納得の声を上げた。

「……なるほどな。結構強いオーラが出てる」

 描いている内に無意識で念を使っているような人間の絵は、ほとんどの場合が世界からいい評価を得られる。が画家として世に出ればこの絵にもきっと価値がつくようになるだろう。



 この日からしばらく絵描きには会わず、その上で仕事に集中するようになってからは、彼女の存在は記憶の隅に追いやられていた。