 03
活動がひと段落着いた頃には、もうこの町の地形や事情は全てシャルナークの頭の中にインプットされていた。ここは広い面積と多い人口を誇っている反面、交通手段がなっておらず、店などの機関の働きもあまり活発なものではないため、最も引越しをして出て行
ってしまう人の数が多い町でもあった。
そんな中、町一番の名物は化石である。町の中心にある博物館は主に化石だけを取り扱っているところで、何千もの種類のものが保管されている。ちなみに今回のシャル達の狙いは
最近初めて見つかった新種の化石だ。
セキュリティやその他様々な情報の収集はシャルナークの手にかかれば朝飯前で、既に準備は全て整っていた。後は決行の日、次の休館日を待つだけである。ちなみにわざわざ休館日にしたのはなるべく面倒を減らすためだ。
彼は溜息をついた。最近は外にでず、室内にこもりきりでなんだか体が動きづらくなっている気がするのだ。ぐっと伸びをしてみても、倦怠感は拭いきれない。
「ちょっと出てくる」
「おう」
ウボォーギンに言い残して玄関から外に出る。彼らが今アジトとしているのは、大通りに面する何の変哲もないマンションの二階なのだが、そこからだと通りを歩く人々の群れが良く観察できた。初めこそこれを見て歓声をあげたものの、もう見慣れてしまった今としては、この人の大群を見ているだけでげんなりとしてくる。引っ越したくもなるな、と納得するほかない。
しかし、どこかに気晴らしの出来るようないい場所はないものだろうか。ひと気がなく、なるべくここから近いところは。遠くにはあることにはあるが、交通手段が少ないこの町ではあまり離れたところには行きたくなかった。
「(……あ、そういえば)」
一ヶ月ほど前、誰かさんに連れて行かれた、寂れた公園。あそこは雰囲気が荒んではいたがひと気がなくていいところだった。ちょっと足を運んでみようか。一度思い立てばもうそこ以外に考えられず、シャルナークはマンションから出て人の波に揉まれながらあの場所へと向かった。
依然としてその公園には遊具らしき遊具は見つからなかった。存在するのは椅子のないブランコに動物型のベンチ、そして錆びて今にも崩れそうな鉄棒のみ。とてもじゃないが子供が遊びに来るような気配はない。公園にいるのはどこか気の抜けた顔をして座っているくたびれた会社員、ホームレスたちや、そして野良猫くらいのものだ。
だがそんな空気の中に一人だけういた存在がいた。
「(、っていったっけ)」
カバの形をしたベンチに座って、スケッチブックにせっせとなにかを描いている絵描き。その姿にはとても見覚えがある。以前ここにシャルを連れてきたのはだった。そういえば、その際に彼女がここを絵を描く場所として使っていると言っていたことを思い出す。それにしても彼女のことはすっかり忘れていた。もらった絵は額縁に入れて飾っていたのだがその作者について思いを巡らすことは全くなかった。
彼はこちらに気付く様子のないの背後に近づいて、そっと絵を覗いた。今回は風景画だ。まだ下書き段階らしい。まだオーラが出ていないことから、絵に纏が施されるのは色付けの段階だということが推測される。
「こんにちは」
「……」
声をかけてみたが、反応がない。疑問に思ってもう一度声を出すと今度はちゃんと耳に入れることが出来たようで、彼女はびくっと肩を震わせる。そして、恐る恐る振り返り、背後にいるシャルの顔を見て安堵の表情を見せる。その後少し不安そうに彼の名をよんだ。
「シャル、だよね?」
「そうだよ?」
「よかった。私、人の名前をおぼえるのは苦手なんだ」
苦笑しながら鉛筆にキャップをはめて筆箱にしまい、スケッチブックを閉じる。
「描いてていいよ?」
「いや、もうそろそろお昼ご飯を食べに帰ろうと思ってたから」
彼女は隣に置いてあった荷物を膝の上に移動して、空いた空間を指差した。そして「座る?」と尋ねてくる。シャルは返事をする代わりにそこに座った。
「今日は集中してたみたいだね」
「え?」
「二回声をかけたんだ。気付かなかっただろ?」
「ありゃ、ごめん。それは集中してたね」
は目を泳がせながら頬をかいた。相変わらずわかりやすい反応をする人だ。彼女は気まずそうに軽く謝って、続ける。
「でも二回ならまだマシだよ。色をつけてる時は多分反応できないと思う」
「やっぱり色塗りの方が集中するんだ」
「うん。それに、私は色を塗るのが大好きだし」
「――ちなみに、人を描くのは好きじゃない?」
「え、なんでわかるの!?」
ばっ、と効果音がつきそうなほどに勢いよく首を捻ってシャルを見る。とても驚いているようだ。
「この前オレの顔を描いていた時の君、眠たそうだったから」
「……は?」
彼の言葉を聞いてポカンとする。理解するのに手間取ったらしい。しばらくうつむき、眉根にしわを寄せて考えていたが、その内諦めたように呟いた。
「やっぱり私、顔に出るんだ……」
「気付いてなかったの? 君、すっごくわかりやすいよ」
「いやー薄々感じてはいたけど」
苦笑して、彼女はもう一度シャルナークの方を振り向いた。
「モデルさんをやってもらった人にこんなこというのもなんなんだけどね、人を描くのは苦手なんだ」
「へえ……」
「でもこの前シャルに会った時、あの時みたいに人の顔をみてぱっと「あ、描きたい!」って衝動的に思うことも有るんだよね」
自分でもよく分からないんだけど。そう付け加えた。
公園の真ん中にある時計台から昼の12時が訪れたことを告げる音楽が流れ出す。それはありふれた童謡で、誰しもが曲名はいえなくても聞覚えのあるものだ。短い曲が終わり、余韻すらも消えた辺りで、は立ち上がった。
「それじゃあ、私はこれで」
「あ、ちょっと待って。聞きたいことが一つ」
「聞きたいこと?」
シャルナークは一度頷いてから口を開く。
「画家として世に出ようとは思わないの?」
彼女はその問いには目をみはった。ぱちぱち、とニ、三度瞬きを繰り返す。
「そんなこと、考えた事すら。いつも趣味で描いていただけだし」
「じゃあ販売したこととかはないんだ」
「うん」
「やってみたら?」
彼女は肩をすくめる。
「売れないと思うけど」
「そうかな」
「うん、だって私の絵は変だよ。描くこと自体は大好きだけどね」
何にでもまっすぐで素直な反応を返すが感情のうかがえない声を発したのは、これが初めてだった。深い意味合いを感じさせる台詞を言ったのも。シャルは僅かに驚く。少しの沈黙の後に、いつもの調子に戻った彼女は少し首を傾けた。
「でも、ちょっと興味あるかも。自分の絵が周りの人の目にどう映るのか」
やってみようかな、と呟いて彼女はシャルに背を向けた。そのまま遠ざかる背中にシャルナークは声をかけた。
「君からもらった砂漠の絵、オレは好きだよ」
「……ありがとう」
彼女は一瞬だけ固まったあと、直ぐに柔らかく微笑んで礼を言った。
が去って、一人カバのベンチに座るシャルナーク。彼は口元に手をやり、彼女の言葉について考えを巡らせた。彼女は「私の絵は変だよ」と言った。「変」というところになにか、含まれるものを感じる。彼女の言う「変」というのは、絵が発するオーラに関係するのだろうか。
* * *
は行動派だ。シャルナークに販売をしてみたらどうだと言われ、興味を持った次の日から、彼女はそれをしていた。しかしそれをシャルナークが知ったのはが販売を開始した四日後、しかもウボォーギンの目撃報告で、であった。
「おいシャル。今日駅前でオーラが出てる絵を販売してる奴がいたんだが、このまえお前が持って帰ってきた絵の作者じゃねえか?」
それを聞いた彼は高確率でウボォーが見たのはだと思った。自身の絵にオーラを留められる人間が、いくら人口が多いとはいえ同じ地域にそう何人もいるわけがない。
「ああ、多分そうだ。どんな感じだった?」
「オレが見たときには小さいじじいに声をかけられているところだったぜ」
「ふーん」
恐らく勧誘を受けていたのだろう。この先、彼女はどうするのだろうか。そんなことは自分には関係ないのだが、ここまで関わった以上僅かにでも興味はある。
シャルはパソコンデスクの脇に置いておいたマグカップを取り、コーヒーをすすった。
「それより、決行は明後日だから。忘れるなよ」
「ああ、わかってる。ってかよ、わざわざ休館日を待たなくてもいいじゃねえか」
「イニシャル占いによると、今月オレはなるべく物騒なことはしない方がいいらしいんだ」
「はあ? 占いなんて信じるガラだったか、お前」
心底怪訝そうな声をだすウボォーギンに、「この町の占いは良く当たるんだよ」と返して、シャルはもう一口コーヒーをすすった。
翌日。駅前には確かにがいて、絵の販売を行っていた。公園で再会を果たした時のように、背後から近づいて声をかける。
「調子どう?」
「……あ、シャル」
振り向いた彼女は浮かない顔だった。疲労も見て取れる。
「知ってたの? 私が販売始めたって」
「仲間から聞いてね」
「そうだったんだ」
納得の声を上げたきり、は黙ってしまった。その様子に小首を傾げる。ウボォーの話ではどこかの会社の人間と思われる者にも声をかけられていて、つまり彼女は評価されているはずなのに、この様子はなんなのだろう。
「上手くいってない?」
「ううん。上手くはいってると思う。声もかけられるし」
「でしょ?」
「うん……」
彼女は、話している内にどんどん顔が曇っていく。ますますわけが分からない。分からないが、事体が彼女にとっての円滑にすすんでいるわけではないということだけは理解できる。
「あんまり嬉しそうじゃないね」
「実はちょっと、複雑なんだよね。評価されるのが嬉しくない訳じゃないんだけど」
どうにも煮え切らない言葉だ。そんなふうに、言い辛そうに言葉を濁した後、彼女はもう一度口を開いたが、
「実はね、……あ」
不意に時計を見て驚いたような声を上げる。その後すぐに視線をシャルに戻して本当に済まなさそうな顔をした。
「ごめん、もうバイトの時間だ」
そんなことまでしているとは、案外忙しい人物だ。あれよという間に荷物をまとめて立ち上がったはもう一度シャルに謝った。
「本当にごめんね、せっかく来てくれたのに。もし良かったら今度話を聞いて欲しいな」
「うん、じゃあ次の機会に」
時間が迫ってきているのだろうか。彼女は小走りでこの場を去ってゆく。思い返してみると、自分はいつも残されてばかりだな、とシャルナークは苦笑した。
← →
|